はじめに
黄体期のプロゲステロン(P4)が妊娠成立に必須であることは確立されていますが、卵胞期のP4の生理的役割については不明な点が多く残されています。近年、体外受精における卵胞後期のP4上昇が生殖予後を低下させることが多くの研究で報告されていますが、そのメカニズムについては議論が続いています。卵胞後期P4上昇は子宮内膜への直接的な悪影響ではなく、卵子・受精胚への影響でもないとする報告が多い一方で、卵胞数が少ない患者群でのみ予後低下が認められるという興味深い知見も報告されています。今回、排卵誘発日のP4値と採卵日のP4値の相関を調査し、卵胞後期P4上昇が生殖予後を低下させる新しいメカニズムの仮説を提示した研究をご紹介いたします。
ポイント
排卵誘発日と採卵日のP4値には有意な正の相関があり、hCGトリガーはGnRHアゴニストトリガーよりも急峻なP4上昇を誘導します。卵胞数が少ない患者では1卵胞あたりのFSH使用量とP4産生量が多く、これが予後低下の原因と考えられます。
引用文献
Friis Wang N, et al. Hum Reprod. 2019 May 1;34(5):942-948. doi: 10.1093/humrep/dez023.
論文内容
IVF/ICSI周期において排卵誘発日(hCGまたはGnRHトリガー投与日)のP4値と採卵日のP4値の間に関連があるかどうかを調査することです。以前に発表されたランダム化比較試験のデータを用いた研究であり、2009年から2011年に実施されました。
対象は384名の患者で、199名が5000IUのhCGトリガーを、185名がブセレリン0.5mgのGnRHアゴニストトリガーを受けました。全患者はGnRHアンタゴニスト法で調節卵巣刺激を受け、採卵36時間前にトリガーが投与されました。P4は排卵誘発日と採卵日に測定され、FSH総使用量と採取卵胞数が記録されました。
結果
hCGトリガー群とGnRHアゴニストトリガー群の両方で、排卵誘発日のP4値と採卵日のP4値の間に有意な正の直線関係が認められました(いずれもP<0.00001)。P4比(排卵誘発日から採卵日までのP4上昇率)は、5個未満の卵胞を有する患者群で、5-15個および15個を超える卵胞を有する患者群と比較して有意に高値でした(P<0.0001)。1卵胞あたりのFSH使用量も、5個未満の卵胞を有する患者群で5-15個および15個を超える卵胞を有する患者群と比較して有意に高値でした(P<0.0001)。hCGトリガー後のP4上昇は、GnRHアゴニストトリガー後よりも有意に急峻でした。hCGトリガー群では、排卵誘発日から採卵日へのP4上昇は卵胞数と有意な正の相関を示しましたが、1卵胞あたりのP4上昇率は卵胞数と有意な負の相関を示し、5個未満の卵胞を有する患者群では他群の2倍以上高値でした。GnRHアゴニストトリガー群でも同様の傾向が見られましたが、統計学的有意差には達しませんでした。
私見
FSHが顆粒膜細胞のLH受容体(LHR)発現を誘導することに着目し、卵巣刺激時の生理学的範囲を超えるFSH曝露がLHR発現を過剰に増加させ、その結果、トリガー投与時のLH様活性に対する卵胞の感受性が亢進し、P4産生が増加すると考えています。特に卵胞数が少ない患者では1卵胞あたりのFSH使用量が多く、LHR発現がより増加するため、トリガー後のP4上昇が顕著になると説明しています。
卵胞後期P4上昇が生殖予後に悪影響を及ぼすことについては、多くの先行研究が報告しています。Bosch E, et al. Hum Reprod. 2010やVenetis CA, et al. Hum Reprod Update. 2013のメタアナリシスでは、排卵誘発日のP4値が1.5ng/ml(4.77nmol/L)を超えると妊娠率が低下することが示されています。一方、Xu B, et al. Fertil Steril. 2012やVenetis CA, et al. Hum Reprod Update. 2013では、P4上昇を認めた周期由来の凍結受精胚を用いた移植では予後低下が認められず、P4上昇の悪影響は子宮内膜に対するものであり、卵子・受精胚への影響ではないと結論しています。
| GnRHaトリガー 179名 | hCGトリガー 191名 | |
| トリガー日P4値 | 0.91±0.038 ng/mL | 0.94±0.035 ng/mL |
| 採卵日P4値 | 7.20±0.629 ng/mL | 9.94±0.472 ng/mL |
この論文のP4(プロゲステロン)値の単位はnmol/Lとなっています。P4の単位換算は1 ng/mL = 3.18 nmol/Lです。
FSHアンタゴニスト法のhCGトリガー直後のプロゲステロン値(J Assist Reprod Genet. 2022)
文責:川井清考(WFC group CEO)
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