はじめに
1978年のルイーズ・ブラウン誕生以来、体外受精技術は進化を遂げてきました。1992年に顕微授精(ICSI)が初めて使用され、その有効性と安全性が確認されています。当初は重度男性不妊症や受精障害の治療法として開発されましたが、現在では男性因子のない症例にも広く使用されています。米国では1996年から2012年の間にICSI使用率が36.4%から76.2%へと倍増しました。本論文では、非男性因子不妊症におけるICSI使用の是非について、肯定派と否定派の両側面から議論しています。
ポイント
非男性因子不妊症においてICSIは受精率を向上させる可能性があるものの、出生率改善は示されていません。しかし完全受精障害の回避、累積妊娠率向上の観点から、症例によってはICSI使用を考慮する価値があるのではないでしょうか。
引用文献
Jason M Franasiak, et al. Fertil Steril. 2022 Feb;117(2):270-284. doi: 10.1016/j.fertnstert.2021.12.001.
論文内容
非男性因子不妊症におけるICSI使用の是非について、肯定派と否定派の専門家による議論形式のレビューです。
肯定派の主張
ICSIを推奨する主な論拠は、ICSIは媒精と同等の成績が得られているため、受精障害を避けるために最初から使用すべきという考え方です。RCTとメタアナリシスでは、完全受精障害を回避するために3.1個のICSIを行う必要があるとされています。
その背景には、男性因子の評価方法の不十分さがあります。WHO基準は自然妊娠の正常下限値であり、体外受精における判断材料としては情報量が不十分です。運動精子や奇形率の評価も、厳密に見ると正常精子は極めて少なくなります。
非ヒト霊長類の研究では、IVFとICSIで受精した接合体の前核配置パターン、卵割溝、紡錘体の向きなどが異なることが示されています。しかし、その後の生殖医療成績には影響しないとされ、ICSIの先天異常や長期予後も媒精と大きな差がないことが確認されています。
もう一つの論点は、患者が求めていることへの対応です。100%媒精で大丈夫と言える検査は存在しないため、多種多様な検査に時間を費やすより、最初からICSIを使用することで、いち早く妊娠に到達できるという主張です。
ICSIに反対する議論として妊娠率が改善されていないことが挙げられますが、ARTの臨床成果の評価方法を考える必要があります。完全受精障害は重要な指標であり、通常の媒精ではICSIよりも受精障害率が高いことが示されています。また、患者は1回の採卵サイクルで家族全体を築くことに興味を持っており、累積出生率が重要な指標となります。ICSIでは卵子あたりの受精率が高く、使用可能な受精胚が多いという利点があります。
否定派の主張
ICSIは画期的な技術ですが、その発見後、すべての不妊患者の万能薬になり得るという誤った期待が生まれました。今日では、ICSIは受精率などの代替アウトカムを改善する可能性はあるものの、生殖アウトカムを改善しないことが明確です。RCTおよび大規模研究からの強力なエビデンスは、非男性因子不妊症においてICSIと通常のIVFで出生率と累積出生率が同等であることを示しています。
いくつかの神話を明確にする必要があります。
神話1:卵巣反応不良者にはICSIが必要。
神話2:高齢患者には卵子の質が悪いためICSIが必要。
神話3:着床前遺伝学的検査(PGT)にはICSIが必須。
神話4:原因不明不妊症にはICSIがゴールドスタンダード。
神話5:以前に受精障害があった患者にはICSIを提供すべき。
神話6:すべての患者は分割媒精を受けるべき。
私見
本論文は非男性因子不妊症におけるICSI使用について、肯定派と否定派の専門家による活発な議論を提供しています。
非男性因子不妊症に対するICSI使用は、完全受精障害回避という利点と、臨床アウトカム改善が証明されていないこと、コストやリスクという欠点を慎重に天秤にかける必要があります。現時点では重度男性因子不妊症に限定すべきという否定派の意見が主流ですが、個々の症例で完全受精障害リスクが高い場合には、ICSI使用を検討する価値があるかもしれません。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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