
はじめに
米国では不妊治療へのアクセスに人種・民族、教育レベル、収入、地理的要因に基づく大きな格差が存在します。今回、WHOデータ、米国国民健康栄養調査(NHANES)、出生証明書データという3つの独立したデータソースを統合し、不妊症の認識から治療、出生に至るまでの「ケアカスケード」を用いて、米国における不妊治療の実態と格差を明らかにした研究をご紹介いたします。日本でも今後、地域間格差や経済的格差により医療アクセスの不平等が生じる可能性があり、米国の現状から学ぶべき点は多いと考えられます。
ポイント
米国では不妊症女性の約70%が自身の状態を認識していますが、実際に医療機関を受診するのは約40%で、不妊治療による出生は約10%にとどまり、人種・民族、教育レベル、保険の種類により大きな格差が存在します。
引用文献
Boyer T, et al. Am J Obstet Gynecol. 2026 Jan;234(1):158-165. doi: 10.1016/j.ajog.2025.08.016.
論文内容
米国における不妊症の認識、治療へのアクセス、出生率をケアカスケードのフレームワークを用いて定量化し、人種、民族、教育レベル、保険の種類、年齢層による格差を明らかにすることを目的としたものです。3つのデータソースを統合して解析を行いました。生涯不妊症有病率はWHOによる高所得国30研究のメタアナリシス(1991~2021年、うち11研究が米国)、自己申告による不妊症と治療アクセスは米国国民健康栄養調査NHANES(2013~2020年)、不妊治療による出生は米国出生証明書データ(2016~2021年)を使用しました。
結果
NHANES参加者のうち、20~44歳の米国女性の12%(95% CI、11~13)が不妊症を自己申告しました。平均年齢は34歳で、13.1%が黒人、19.7%がヒスパニック系でした。不妊症の認識率は高く(70%;95% CI、60~74)、しかし医療機関へのアクセス率(39%;95% CI、33~45)および不妊治療による出生率(10%;95% CI、8~12)は低い結果でした。出生率はアジア系(17%;95% CI、10~27)および白人(13%;95% CI、10~18)女性で最も高く、ヒスパニック系(4%;95% CI、2~6)および黒人(3%;95% CI、2~5)女性で最も低い結果でした。高学歴と民間保険は、治療アクセスと出生率の増加と関連していました。年齢別では、20~29歳の女性が最も治療アクセス(16%;95% CI、11~22)が低く、40~44歳の女性では約40%が不妊治療による出生を達成していました。人種・民族別の不妊症認識率は白人、黒人、ヒスパニック系女性でアジア系女性よりも高かったものの、黒人・ヒスパニック系女性は治療アクセス率が著しく低い結果でした。教育レベル別では、不妊症認識率に差はありませんでしたが、準学士号以上(42%;95% CI、32~52)または大卒以上(49%;95% CI、37~61)の女性は高卒のみの女性(22%;95% CI、13~32)と比較して医療機関へのアクセス率が高く、大卒以上の女性の20%(95% CI、14~28)が出生に至ったのに対し、高卒未満の女性では1%(95% CI、0.5~2)にとどまりました。保険別では、民間保険加入者は医療機関へのアクセス率(48%;95% CI、39~57)と不妊治療による出生率(17%;95% CI、13~22)が公的保険加入者(2%;95% CI、1~3)や無保険者(4%;95% CI、2~6)と比較して著しく高い結果でした。
私見
黒人・ヒスパニック系女性における著しく低い出生率は、社会的、医療提供者関連、生物学的要因が複合的に関与していると考えられます。先行研究では、治療開始の遅れ、不成功サイクル後の高いドロップアウト率、経済的障壁が黒人・ヒスパニック系女性に不均等に影響していることが示されています(Seifer DB, et al. Reprod Sci. 2022)。また、不十分な保険適用(Jain T, et al. Fertil Steril. 2005)、仕事の休暇取得の困難(Missmer SA, et al. Fertil Steril. 2011)、地理的障壁(Harris JA, et al. Fertil Steril. 2017)なども指摘されています。
日本においても、今後地域間格差(都市部と地方での不妊治療施設の偏在)、経済的格差(地域不妊助成金の有無を含めて、治療費の自己負担額の増加)、雇用環境の違い(治療のための休暇取得の難易度)により、米国と同様の医療アクセスの不平等が生じる可能性も否定できません。
子供が欲しく授かれる可能性がある男女には子供を産み育てられる環境整備を。医療機関だけが躍起になるわけではなく、社会課題として皆で取り組む問題だと認識しています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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