はじめに
不妊はカップルの約15%に認められ、その約50%に男性因子が関与するとされています。精液所見の低下には、遺伝的要因や精子形成障害のほか、喫煙・飲酒・肥満といったライフスタイル因子も関連することが知られています。一方、WHOの報告では不安障害やストレス関連の精神的健康問題の発生率が増加しており、デンマークの調査では成人男性の21%が高い知覚ストレスを有するとされています。これまでいくつかの研究で、職業的ストレスや試験ストレス、不妊治療そのものを含むストレスフルなライフイベントが男性生殖機能に悪影響を与える可能性が示唆されてきましたが、交絡因子を適切に調整した研究や、妊孕性の明確に異なる2群を比較した研究は限られていました。今回、男性因子不妊男性と自然妊娠した男性を比較した横断研究をご紹介いたします。
ポイント
男性因子不妊男性はストレスフルなライフイベントの数が多いものの、心理的ストレス症状には差がなく、ストレスと精巣機能・勃起障害との関連は認められませんでした。個々に応じて対応していくことが求められます。
引用文献
Brauner EV, et al. Fertil Steril. 2020 Apr;113(4):865-875. doi: 10.1016/j.fertnstert.2019.12.013.
論文内容
心理的ストレスと男性因子不妊および精巣機能(精液の質・血清生殖ホルモン)・勃起障害(ED)との関連を評価することを目的とした横断研究です。2013年から2016年にコペンハーゲンの大学病院において、精液所見に異常を有する不妊カップルの男性(不妊男性群、n=149)と、自然妊娠した女性のパートナーである男性(対照群、n=274)を対象としました。不妊男性群の選択基準は、ICSI治療が予定されており、精製後の前進運動精子数が200万未満、かつ精子濃度<2000万/mL、前進運動率<50%、または正常形態率<12%のいずれかを満たす者とし、無精子症、染色体異常(クラインフェルター症候群、Y染色体微小欠失)、精巣炎・精巣上体炎・精巣捻転の既往を有する者などは除外されました。
参加者は、健康・ライフスタイルに関する電子アンケートに加え、過去4週間の心理的ストレス症状を評価する14項目の質問票(コペンハーゲン心理社会的質問票から派生)と、過去3ヶ月間に経験したストレスフルなライフイベントを評価する6項目の質問票(Holmes and Raheの社会的再適応評価尺度に基づく)に回答しました。ストレス症状スコアおよびSLEの2群間差を粗モデル(年齢調整)と完全調整モデル(BMI・子供の有無・社会経済的指標・うつ病診断・自己評価体力を追加)による線形回帰分析で評価しました。副次的転帰は精液の質、血清生殖ホルモン値、EDとしました。
結果
423名の男性のうち、176名(41.6%)が組み入れ前3ヶ月以内に少なくとも1つのSLEを経験していました。少なくとも1つのSLEを報告した割合は、不妊男性群(50.4%)が対照群(36.9%)と比較して有意に高く(P=.03)、完全調整線形回帰モデルにおける2群間のβ係数(95%CI)は0.18(0.06, 0.30)と有意差が持続しました。また不妊男性群では、対照群と比較してパートナーとの深刻な関係上の問題を報告した割合(6.0% vs. 1.1%、P=.003)が有意に高く認められました。
一方、過去4週間の心理的ストレス症状スコアの中央値は不妊男性群16.1(5th–95thパーセンタイル:1.8–48.2)、対照群14.3(3.6–44.6)であり(P=.21)、完全調整モデルにおいても両群間に有意差は認められませんでした(β係数:0.14;95%CI:-0.02, 0.30、境界的有意)。アルコール摂取・喫煙の追加調整によっても結果に変化はありませんでした。BMI・アルコール摂取・喫煙・以前の父性の有無は、ストレスと不妊状態との関連を修飾しませんでした。
また、ストレス症状スコアおよびストレスフルなライフイベントの増加は、いずれの群においても精液パラメータ(精子濃度・前進運動率・正常形態率・総精子数)、血清生殖ホルモン(テストステロン、LH、FSH、インヒビンB)のいずれにも有意な関連を示しませんでした。さらに、EDとの関連もいずれの男性においても認められませんでした。不妊男性を精液の質の程度(第5版WHO基準)によって分類した場合でも、ストレス症状スコアに差は認められず(P=.890)、以前の不成功治療サイクル数による分類においても同様でした(P=.76)。
私見
ディスカッションでは、男性因子不妊男性はストレスフルなライフイベントの数は多いものの心理的ストレス症状に明確な差がなかった理由として、年齢(中央値32.8歳)が若く、ストレス症状が加齢と負の相関を持つことや、不妊男性群が生活習慣全般においてより健康的であった点(禁煙率が高いなど)が挙げられており、一般的な集団とは異なる可能性が論じられています。また、ストレス症状の生物学的影響は、ストレスの種類・持続期間・個人の対処能力(レジリエンス)に依存するとも述べられており、自己申告型の心理的ストレス指標がコルチゾール等の生物学的ストレスマーカーを代替できない可能性も指摘されています。
先行研究との対比として、以下が挙げられます。
- 【肯定派:若年男性ではストレスと精液所見に関連あり】
Nordkap L, et al. Fertil Steril. 2016;105:174–87.
同グループによる18–28歳の若年健常男性1,215名を対象とした先行研究では、心理的ストレスの増加が用量反応的に精液の質の低下と関連することが報告されています。本研究との相違として、対象年齢が若く(中央値19歳 vs. 32.8歳)、サンプルサイズが大きく(1,215名 vs. 423名)、不妊状態を問わない一般集団からの非選択的な男性である点が挙げられます。 - 【否定派:不妊治療中の男性では関連なし】
Vellani E, et al. Fertil Steril. 2013;99:1565–72.
不妊治療中の男性と参照集団を比較した研究で、特性不安・状態不安のいずれにおいても両群間に有意差がなかったと報告されており、本研究と整合する結果です。ただし、使用したストレス評価尺度が異なる(特性不安 vs. 14項目ストレス症状スコア)ため、直接比較には注意が必要です。 - 【否定派:不妊関連QoLと精液所見・テストステロンに関連なし】
Coward RM, et al. J Urol. 2019;202:379–84.
708名の不妊治療中の男性を対象とし、不妊関連QoLの低下と低テストステロン値・精液所見の間に関連を認めなかったと報告されており、本研究の結論を支持しています。
本研究の結果は不妊治療中の男性に対して「ストレスが直接的に精子機能を障害するという強い根拠はない」という安心材料となりえますが、精神的サポートの重要性を否定するものではありません。また、不妊治療自体がカップル双方にとって継続的なストレス源となりうることへの配慮は今後も関わる医療者として重要項目と考えていく必要があります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。