男性不妊

2025.07.19

リンパ腫化学療法後の精子DNA損傷が3年間持続する可能性 (Human Reprod 2024)

研究の紹介

参考文献

ホジキンリンパ腫および非ホジキンリンパ腫の患者において、細胞傷害性治療後も精子DNAの高度な断片化が最大3年間持続する可能性があります

Severe sperm DNA fragmentation may persist for up to 3 years after cytotoxic therapy in patients affected by Hodgkin lymphoma and non-Hodgkin lymphoma.

Farnetani G, 他. Hum Reprod. 2024 Mar 1;39(3):496-503. doi: 10.1093/humrep/dead269. PMID: 38177083.

はじめに

リンパ腫患者における細胞傷害性治療後の精子DNA断片化(SDF)に関する文献データは限られています。これまで最大規模の縦断研究では、34人の患者から治療前および最大24か月後の精液サンプルを評価しています(Bujan L, 他. 2014)。もう一つの研究では10人を対象に36か月の追跡調査を行いました(Ståhl O, 他. 2009)。これらの研究では、治療から24か月を超えるSDFの中央値・平均値に大きな差は見られませんでしたが、重度のDNA損傷の割合には着目しておらず、評価は凍結精子を用いて行われていました。 今回の研究は、新鮮の射出精液で、化学療法後三年間の評価をしています。

研究のポイント

現在推奨されている「治療終了後2年間の自然妊娠を控える」という待機期間(Bujan L, 他. 2014)は、すべての男性に適しているとは限らない可能性があります。一部の患者では2年以上経過しても高度な精子DNA損傷が残存していたためです。

研究課題

細胞傷害性治療終了から2年後、すべての男性で精子DNAは回復するのでしょうか?

研究デザイン・規模・期間

本研究では、思春期以降のホジキンリンパ腫(HL)患者53名および非ホジキンリンパ腫(NHL)患者25名を対象とし、10年間(2012~2022年)にわたってリクルートを行いました。このうち18名が、3つの時点において精液サンプルを提供しました。SDFは、細胞傷害性治療(化学療法単独または放射線療法併用)終了前(T0)、2年後(T2)、および3年後(T3)に評価されました。また、18歳以上の健康で生殖機能のある正常精液の男性79名(2016~2019年にリクルート)を対照群としました。

参加者・環境・方法

SDFの評価には、TUNELアッセイとフローサイトメトリーを用い、新鮮な精液(自然妊娠に関与し得る精子)を分析しました。SDFの中央値を以下の比較で検討しました:(i) 各時点におけるHLおよびNHL患者と対照群の比較、(ii) HLとNHL患者のベースラインでの比較、(iii) 患者におけるT0、T2、T3の比較。高度DNA損傷(SDD)は、対照群の95パーセンタイル(SDFが50%以上)を超える場合と定義し、各時点でのSDD該当者の割合を調べました。

結果

T0において、患者群のSDFの中央値は対照群より高く、NHL群では統計的に有意でした(40.5%[IQR: 31.3–52.6%] vs 28%[IQR: 22–38%]、P<0.05)。治療前後の比較では、HL患者は3時点間でSDF中央値に大きな変化はありませんでしたが、NHL患者ではT3でT0より有意に低下していました(29.2%[IQR: 22–38%] vs 40.5%[IQR: 31.3–52.6%]、P<0.05)。T2時点での全患者におけるSDDの割合は11.6%、HLおよびNHLそれぞれで11.6%および13.3%でした。T3では、16人中1人のNHL患者がSDDを示しました。

限界と注意点

TUNELアッセイには最低500万個の精子が必要なため、重度の乏精子症患者は本研究から除外されました。本研究のコホートはこれまでの中で最大規模ですが、症例数が比較的少ないため、T2時点でのSDDの頻度(本研究では約11~13%)を厳密に評価するには限界があります。

本研究の意義

本研究は、細胞傷害性治療が精子のゲノムに及ぼす長期的な影響に関する新たな知見を提供するものです。治療から2年以上経過しても、一部の患者では高度なDNA損傷が残存していたことから、DNA修復能力には個人差があることが示唆されました。

そのため、治療後の遺伝毒性の影響を評価するバイオマーカーとして、精子DNA断片化(SDF)の測定が有用であると考えられます。これにより、新鮮精子を使用するか凍結精子を使用するかといった判断を含め、より個別化された妊娠前カウンセリングが可能になると期待されます。

表.各時点で重度のDNA損傷(SDD)を示した患者の割合

重度の精子DNA損傷を有する症例の割合
Group治療終了前治療終了後
2年後
治療終了後
3年後
HL4/255/430/32
16%11.60%0%
NHL3/92/151/16
33%13%6.3%

筆者の意見

化学療法後の妊娠までの待機期間について、本研究では2年間とする方針を採用しており、これはBujanらの報告(Bujan L, 他. 2014)をもとにしています。

『小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2024年12月改訂 第2版』では、「泌尿器がんに対する治療は精子のDNA断片化や異数性をもたらすが、大部分が中長期的には治療前の状態に改善する。がん治療後一定期間を空けた後に授かったことども先天異常の頻度増悪もないことからも、治療終了後一定期間(1〜2年程度)あけた場合には挙児または妊娠は可能である。」と記載されています。

一方で、造血器悪性腫瘍の治療後の妊娠に関しては、このような具体的な期間の明示がなく、記載の中心も女性についてであり、「再発リスクが高いと考えられる治療後一定期間は、妊娠を避けるべき」とされています。泌尿器がんと、造血器悪性腫瘍であるリンパ腫を同一視することはできませんが、やはり一定期間は妊娠を控えるべきと考えられます。  今回の研究では、治療から3年が経過していても高度な精子DNA断片化が認められた症例が一部存在し、「2年間あければ安全である」とは言い切れないことが示されました。そのため、化学療法後に妊娠を希望する場合には、精液検査による経過観察に加えて、可能であれば精子DNA断片化の評価も行い、専門的な生殖医学的評価を踏まえたうえで判断することが、より適切で安全な対応につながると考えられます。

文献

Bujan L, 他.Fertil Steril 2014;102:667–674.e3.

Ståhl O, 他. Int J Androl 2009;32:695–703.

文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# がんと生殖医療

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亀田総合病院 泌尿器科部長

小宮 顕

亀田総合病院 泌尿器科部長(男性不妊担当) 生殖医療専門医・生殖医療指導医。男性不妊診療を専門的に従事する。本コラムでは男性妊活の参考になる話題を紹介している。

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