研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
特発性男性不妊におけるマイクロバイオームの新たな役割に関する研究動向
英語タイトル
Research trend on the emerging role of the microbiome in idiopathic male infertility.
PubMedよりCitation
Preetham K, 他. Antonie Van Leeuwenhoek. 2025 Nov 16;118(12):193. doi: 10.1007/s10482-025-02194-6. PMID: 41241915.
はじめに
近年、男性側も積極的に妊活に取り組む意識が広まるとともに、全身の健康の土台となる「腸活」への関心も臨床現場で高まっています。最新の研究では、腸内環境や細菌叢(さいきんそう)のバランスが精子の質に直接影響する可能性が示されており、不妊治療の新たなアプローチとして注目されています。
今回のコラムでは、長らく「原因不明」とされてきた男性不妊(特発性男性不妊)に対するマイクロバイオーム研究の進歩と、その臨床応用の可能性について解説します。
研究のポイント
- 男性不妊研究の主流は、過去20年間で「遺伝・酸化ストレス」から「マイクロバイオームとオミクス解析」へと大きく転換しています。
- 「腸―精巣軸」や精液内の細菌叢が生殖機能に与える分子メカニズムの解明が進み、これまで原因不明とされてきた特発性不妊に新たな説明と治療の糸口が示されています。
- 食事・アルコール・環境ホルモン・マイクロプラスチックといった生活習慣上のさまざまな要因が、細菌叢を介して精子の質に影響することが明らかになっています。
研究の要旨
特発性男性不妊は、精密な検査を経ても原因を特定できないケースであり、生殖医療における難題のひとつです。近年、その病因としてマイクロバイオーム(体内に共生する微生物の総体)の関与が新たに注目されています。
本研究は、過去20年間の世界的な研究データをビブリオメトリクス(書誌学的)分析で精査し、研究の変遷を可視化しました。その結果、研究の焦点が遺伝要因・酸化ストレスから、細菌叢を中心としたマルチオミクス研究へと明確に移行していることが示されました。
主な知見として、細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)が炎症やホルモン異常を引き起こし、精子形成を障害する「腸―精巣軸」のメカニズムが提示されています。また、抗生物質・環境ホルモン・マイクロプラスチックといった現代の生活習慣に関連する要因が、細菌叢を介して不妊に寄与することも強調されました。
これらの知見は、プロバイオティクス(善玉菌を含むサプリメントや食品)や糞便微生物移植(FMT)など、細菌叢をターゲットとした革新的な不妊治療への道を開く可能性を持っています。
#ビブリオメトリクス(Bibliometrics)とは、学術論文や書籍などの文献データを数学的・統計学的に分析し、研究の動向や影響力を定量的に評価する手法のことです。日本語では「計量書誌学」とも呼ばれます。「ビブリオ(文献)」と「メトリクス(測定・計量)」を組み合わせた言葉の通り、論文の中身(質的な内容)を精読するのではなく、論文の数や「誰が誰を引用したか」というつながりのデータ(メタデータ)を客観的に分析するのが特徴です。
私見と解説
本研究は過去20年のデータを利用したビブリオメトリクス分析であり、研究の重心が「変わらない遺伝情報」から「食事や生活環境によって変化する細菌叢」へと移行するスピードを客観的に示しています。
特発性男性不妊は男性不妊全体の多くを占めるとされており、我が国の調査では調査対象となった男性不妊7253症例中3053症例(42.1%)と報告されています。その多くが現在の診断体系では原因を特定できないままです。「腸―精巣軸」というメカニズムの解明は、こうした診断の壁を打ち破る可能性を持つ、臨床上の大きな転換点といえます。
細菌叢の管理という観点では、精液の質に好影響を与えるとされる Lactobacillus(乳酸菌)属と、品質低下に関連する Prevotella 属や Anaerococcus 属のバランスが今後の治療戦略において重要な鍵となるでしょう。欧州泌尿器科学会(EAU)もシンバイオティクス(プロバイオティクスとプレバイオティクスを組み合わせた製剤)の有用性に言及しており、腸内環境の最適化はすでに国際的な議論の俎上に上っています。
また、環境ホルモンやマイクロプラスチックといった現代社会特有の汚染物質が、細菌叢を介して精子の質を損なうという知見は、男性不妊治療において生活習慣の見直しを指導することの重要性を改めて示しています。
オミクス解析技術の進歩により、プロバイオティクスにとどまらず、糞便微生物移植(FMT)が次世代の不妊治療の選択肢となる現実味が増してきました。マルチオミクス解析によるバイオマーカーの特定を治療の指針に組み込み、患者一人ひとりの状態に応じた個別化医療を目指すことが、今後の専門医に求められると考えられます。
細菌叢という微細な環境を調整するアプローチは、前立腺の機能改善にもつながるとされており、これまで「原因不明」と言われ続けてきた患者さんに、具体的で再現性のある治療戦略をもたらす可能性を持っています。診断技術のさらなる進歩とともに、細菌叢の評価が生殖医療における標準的な検査として定着する日は遠くないかもしれません。その新しい潮流をいち早く実践に活かすことが、私たちに求められる責務と考えています。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。