男性不妊

2025.06.14

生殖機能温存での精巣凍結組織内の病変について(Hum Reprod 2025)

研究紹介

思春期前または思春期初期の男児の急性白血病初回治療後の凍結保存精巣組織における微小残存病変の検出
Detection of minimal residual disease in cryopreserved testicular tissue from (pre)pubertal boys with acute leukemia following first-line therapy.

Feraille A, et al. Hum Reprod. 2025 May 19:deaf093. doi: 10.1093/humrep/deaf093. PMID: 40389239.

がん生殖医療における男性の妊孕性(生殖機能)の温存において、基本となるのは、精巣に有害な治療を受ける前に精液を採取し、精子を凍結保存しておくことです。しかし、まだ精子がつくられていない思春期前の男児の場合には、現在のところ研究段階ではあるものの、精巣組織を凍結保存するという選択肢が考えられます。
動物実験では、未分化な精巣組織から体外培養によって精子形成を誘導することに成功しており、将来的には保存した組織を自家移植することで精子を得る可能性も示唆されています。ただし、この方法にはいくつかの重要な課題があります。特に急性白血病の患者では、凍結保存された組織に腫瘍細胞が混入している可能性があり、移植時に悪性細胞を再び体内に導入してしまうリスクが懸念されます。体外培養を行う場合でも、腫瘍細胞の混入は避けたいところです。
本研究は、こうしたリスクに対する懸念を踏まえ、精巣組織における腫瘍細胞の残存の検出について分子生物学的手法で検討したものです。

要旨

この研究で解明しようとしていること

急性白血病と診断された思春期前または思春期初期の男児の凍結保存された精巣組織(TT)において、分子生物学的手法を用いて微小残存病変(MRD)を検出することは可能でしょうか?

研究のまとめ

このパイロット研究では、凍結保存された精巣組織から白血病の残りの細胞(MRD)を検出することができることが示されました。これは、将来、生殖機能を回復させるときに、最も安全な方法を選ぶための参考になります。

これまでに知られていること

高い精巣毒性を伴う治療を受ける思春期前または思春期初期の男児には、精巣組織凍結(TTF)による生殖機能温存が行われることがあります。しかしながら、生殖機能回復の際に白血病細胞が再導入されるリスクについては十分に検討されていません。現在まで、凍結・解凍された未固定の精巣組織内で分子生物学的手法を用いて残存病変を検出する可能性を評価した研究はありませんでした。

研究デザイン・対象・期間

このパイロット研究では、急性リンパ性白血病(ALL)または急性骨髄性白血病(AML)と診断され、初回化学療法を受けた後、同種造血幹細胞移植前に精巣組織凍結を行った14名の思春期前または思春期初期の男児を対象とし、その凍結保存された精巣組織を解析しました。

対象者・材料・方法

本研究では、14名の思春期前または思春期初期の男児から凍結保存された精巣組織が用いられました。RT-qPCRおよびqPCRなどの分子生物学的手法を用いて、腫瘍性融合遺伝子や免疫グロブリン遺伝子/T細胞受容体(Ig/TCR)のクローン再構成を検出しました。

結果

分子生物学的手法を用いた結果、精巣組織サンプルの36%(14検体中5検体)でMRDが検出されました。従来の組織病理学的検査と分子検出との間には21%の不一致があり、分子手法の方が高感度であることが示されました。臨床的または組織学的特徴とMRDの有無との間に有意な関連は認められませんでした。

研究の限界

本研究は少人数のALLまたはAMLの患者から得られた精巣組織に基づくパイロット研究であり、結果の一般化には限界があります。今後はより大規模なコホートによる検証が必要です。

本研究の意義

この研究では、分子生物学的な方法を使って、凍結保存された精巣組織に白血病細胞(MRD)が残っていないかを調べています。これは、白血病の治療後に生殖機能を回復させる際、がん細胞が体内に戻ってしまうリスクをできるだけ減らすために、とても重要です。また、本研究は、急性白血病(AL)が治まったあとに精巣組織を凍結保存しておくことが重要であることも示しています。

筆者の意見

思春期前の男児の精巣内の精細管には、生殖細胞として精原細胞のみが存在します。精巣毒性のある化学療法を受けた後には、精原細胞が減少し、薬剤の種類によっては無精子症が長引くリスクがあります。そのため、たとえ研究段階であっても、生殖機能を温存する手段として精巣組織の凍結保存は重要な選択肢となります。
原疾患の治療後に無精子症が長期間続く場合、凍結保存した組織から精子形成を誘導し、将来的に利用することが考えられますが、その際には癌細胞が混入しているリスクを十分に考慮する必要があります。
今回の研究では、分子生物学的手法を用いることで、形態学的手法よりも高い感度で腫瘍細胞の存在を検出できたと報告しています。これは、将来、凍結保存された精巣組織を用いて精子形成を誘導する際の判断材料となる可能性があります。今後のさらなる研究の進展に期待したいと思います。

文責:小宮顕(泌尿器科部長)

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