治療予後・その他

2025.09.08

男性不妊と女性不妊におけるART妊娠の周産期予後の違い(Fertil Steril. 2025)

はじめに

近年、初産年齢の上昇とともに、生殖補助医療(ART)の使用が世界的に増加しています。ART妊娠では、死産、子癇前症、早産、低出生体重、先天奇形などの合併症リスクが高いことが知られています。このリスク増加は多胎妊娠の影響だけでは説明できず、単胎妊娠でも認められることから、ART手技そのものか、あるいは不妊症の原因となる基礎疾患の影響が考えられています。しかし、男性不妊と女性不妊のどちらが周産期予後により大きな影響を与えるかは十分に解明されていませんでした。今回ノルウェーデータベースからビッグデータでの報告がありましたのでご紹介いたします。

ポイント

ARTによる妊娠の周産期合併症リスクは、女性不妊が原因の場合より男性不妊が原因の場合の方が低く、女性の基礎的不妊要因とART手技の両方が関与していることが示唆されました。

引用文献

Maria C Magnus, et al. Fertil Steril. 2025 Aug;124(2):270-280. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.02.013.

論文内容

男性不妊、女性不妊、または原因不明不妊に対するART妊娠と自然妊娠との間で、周産期の有害な転帰を比較することを目的とした登録ベースの研究です。対象は2000年から2021年にノルウェー国立出生登録に記録された全単胎出生で、男性不妊のみを原因とするART妊娠(9,957例)、女性不妊のみを原因とするART妊娠(10,031例)、男女混合原因のART妊娠(3,287例)、原因不明不妊のART妊娠(7,178例)を自然妊娠(1,210,709例)と比較しました。不妊の基礎原因に関する情報は生殖医療クリニックから報告されました。 

主要評価項目として、線形回帰を用いて出生体重と妊娠期間を比較し、ロジスティック回帰を用いて子癇前症、帝王切開、死産、早産、低出生体重、SGA児、NICU入院リスクを比較し、両親の年齢、母親の出産歴、同居状況、出生国、分娩年で調整しました。

結果

全ART妊娠群で自然妊娠と比較して妊娠期間と出生体重が低値でした。しかし、妊娠期間の短縮は男性不妊によるART分娩(調整差 -1.24日; 95%CI: -1.43~-1.05)の方が女性不妊によるART分娩(調整差 -1.92日; 95% CI: -2.12~-1.73)よりも軽度でした。同様に、ART分娩における出生体重の減少も男性不妊(調整差 -29グラム; 95% CI: -39~-18)の方が女性不妊(調整差 -49グラム; 95% CI: -59~-39)よりも軽度でした。全てのART群で周産期有害転帰のリスク増加が観察されましたが、男性不妊によるART分娩では、その程度はより軽微でした。 

周産期有害転帰については、全てのART群でリスク増加が認められましたが、男性不妊によるART分娩では、その程度はより軽微でした。具体的には、子癇前症のリスクは男性不妊群で1.27倍(95% CI: 1.15-1.41)、女性不妊群で1.24倍(95% CI: 1.12-1.37)でした。帝王切開率は男性不妊群で1.16倍(95% CI: 1.10-1.22)、女性不妊群で1.32倍(95% CI: 1.26-1.39)でした。早産リスクは男性不妊群で1.52倍(95% CI: 1.41-1.64)、女性不妊群で1.78倍(95% CI: 1.65-1.91)、低出生体重リスクは男性不妊群で1.44倍(95% CI: 1.32-1.58)、女性不妊群で1.63倍(95% CI: 1.50-1.78)でした。NICU入院リスクは男性不妊群で1.21倍(95% CI: 1.14-1.29)、女性不妊群で1.31倍(95% CI: 1.23-1.39)でした。一方、死産については男性不妊群で1.64倍(95% CI: 1.27-2.12)、女性不妊群で1.57倍(95% CI: 1.20-2.04)とわずかに男性不妊群の方がリスクが高い結果でした。SGA(在胎期間に対して小さい児)については、男性不妊群で1.03倍(95% CI: 0.96-1.10)、女性不妊群で1.01倍(95% CI: 0.94-1.09)と、両群ともリスク増加はほとんど認められませんでした。

私見

ART妊娠における周産期合併症が、不妊原因によって異なることを大規模な集団ベースのデータで明確に示した重要な報告です。男性不妊が原因のART妊娠では、女性不妊が原因の場合と比較して周産期合併症のリスクが低いという結果は、これまでの限られた報告と一致しています。 

特に興味深いのは、男性不妊に対するICSI妊娠でリスクが最も低くなった点です。これは、ICSI手技そのものの影響よりも、基礎的な不妊原因の違いがより重要であることを示唆しています。一方で、男性不妊によるART妊娠でも自然妊娠と比較してリスク増加が認められることから、ART手技自体も一定の影響を与えていると考えられます。 

同胞比較解析(同じ母親のART妊娠と自然妊娠の7,679例を比較)の知見も面白いです。女性不妊群では周産期合併症のリスクが大幅に減少し、これは女性不妊と診断される女性にもともと妊娠合併症を起こしやすい体質や背景因子があることを示唆しています。一方、男性不妊群では同胞比較でもリスクが残存し、一部では強化されており、ART手技や男性不妊そのものの影響が関与している可能性があります。 

患者様を不安にさせることはよくないことですが、リスクを理解しながら治療方針・周産期施設を決定していくことが重要だと考えています。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 周産期合併症

# ハイリスク妊娠

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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