研究の紹介
妊娠中の母親の葉酸摂取量とその息子の生殖機能についてのコホート研究
Maternal intake of folate and folic acid during pregnancy and markers of male fecundity: A population-based cohort study
Gaml-Sørensen A, et al. Andrology. 2023 Mar;11(3):537-550. doi: 10.1111/andr.13364. PMID: 36524586.
葉酸は母親の妊活に際して摂取すべき重要なものの筆頭です。妊娠を希望する女性は、胎児の神経管閉鎖障害発症リスク低減のために十分な葉酸摂取が必要となります(厚生労働省 妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針、令和3年3月)。葉酸はサプリメントでの摂取が推奨されています。妊娠中期以後も十分摂取した方が、産科合併症や産後うつ、子供の発達に対しても良い効果があるとされています。一方、個々の遺伝子がどのように働くかどうかを調節する機構にエピジェネティクスというシステムがあります。葉酸は、これに関わるDNAのメチル化を調節しています。胎児の葉酸が不足すると、メチル化あるいはエピジェネティクスの異常がおこり、子供が成長した後まで影響することがあります。胎児の間に影響を受けた結果として男性不妊症になることも報告されています。DNAのメチル化に関与する葉酸は、胎児発育のさまざまな時期に遺伝子の発現を制御することにより、正常な胎児発育に不可欠なものです。従って、母親の葉酸摂取量が少ない場合、生殖器官が成立する過程に影響がある可能性があります。
研究の要旨
妊娠中の母親の食事からの葉酸摂取量およびサプリメントからの葉酸摂取量と、その息子の生殖機能との関連を検討することがこの研究の目的です。
研究対象と方法は以下のとおりです。1998~2000年生まれの男性787人のデンマーク母子コホートを用いて追跡調査を行いました。妊娠中期における食事とサプリメントからの食事性葉酸等価物として算出された総葉酸摂取量(食事からの葉酸摂取量+サプリメントの葉酸x1.7)に応じて、精液検査所見や精巣体積の差を分析しました。総葉酸摂取量は、五分位群あるいは連続変数として分析されました。
その結果、母親の総葉酸摂取量が1標準偏差分減少するごとに、つまり1日318 μg減少するごとに、総精子数が5%減少(95%信頼区間[CI]:-11から2%)、非前進精子あるいは不動精子の割合が5%減少(95%CI:-8%から-3%)、精巣体積が4%減少(95%CI:-6%から-2%)していました。
まとめとして、妊娠中期における母親の総葉酸摂取量の低下は、精子数低下および精巣体積の低下と関連していましたが、成人男性における非前進運動精子および不動精子の割合の低下とも関連していました。このことが実際の妊娠に影響するかどうかは、さらなる調査が必要です。妊娠中期における総葉酸摂取量の少ない母親の息子において、非前進精子あるいは不動精子の割合が低くなっていますが、論文の考察では想定外の結果であり、偶然の所見かもしれないとしていました。
図 母親の葉酸摂取量と息子の精液所見


筆者の意見
母親に妊娠中期の葉酸摂取量によって、息子の精液所見のパラメータに相違があったとの結果でした。論文のなかのグラフをみると、葉酸摂取量が1日800-1000μg(食事からの葉酸摂取量+サプリメントの葉酸x1.7)までは、精液量や精子濃度は上昇しているのですが、それ以上の葉酸摂取量では低下していました。葉酸摂取量増加とともに非運動精子の割合は悪化、精子DNA断片化率は低下していました。もっとも多く葉酸を摂取している群の摂取量は、中央値1058μg (範囲815–1718)と高用量であり、日本で良いとされている400-800と比べて多いと考えられます。運動率をみても最も葉酸摂取量が高い群以外は大きな差はないので、取りすぎなければよいともいえます。やはり、妊娠中期以後も葉酸の補充をしておいた方がよいということは間違いなく、足りないと息子の精子数の減少につながる可能性があることも認識されるべきことと考えられます。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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