プレコンセプションケア

2020.06.22

妊娠中に授乳していいの?(Women Birth. 2017)

はじめに

「授乳したまま妊娠してもいいですか。」という質問を多くうけます。前回採卵をおこなって凍結余剰胚がある患者さまに限っては授乳中、月経がもどってこなくてもホルモン調整周期であれば、妊娠にトライできるわけですから、いつ再開できるのだろうという疑問は自然なことですよね。また、妊娠中の授乳(BDP: Breastfeeding during pregnancy)については、多くの文化で禁忌とされ、妊娠が判明すると多くの女性が授乳を中止します。しかし、WHOとUNICEFは6か月間の完全母乳育児と、その後2年間の補完食品との併用を推奨しています。今回あらためて文献を探してみました。

ポイント

妊娠中の授乳は、妊娠終了方法や出生体重に有意な影響を与えないことが示されましたが、母体栄養状態への影響など、いくつかの疑問が残されています。

引用文献

López-Fernández G, et al. Women Birth. 2017 Dec;30(6):e292-e300. doi: 10.1016/j.wombi.2017.05.008.

論文内容

妊娠中の授乳(BDP)の影響について、1990年から2015年に発表された英語とスペイン語の文献を対象に、Cinahl、PubMed、IME、CUIDEN、Cochrane Library、Web of Science、PyscINFOでシステマティックレビューを実施しました。データベースから3278の論文が特定され、選択基準を満たした19の研究が最終的にレビューに含まれました。
対象となった研究は、ケースコントロール研究9件、コホート研究7件、横断研究3件で、参加者は総計6315人(症例2073人、対照4242人)でした。研究の対象は16研究で母親、うち15研究は単胎妊娠の経産婦、1研究は妊娠中および非妊娠中の授乳女性でした。

結果

早産と自然流産については、7つの関連研究において、妊娠中授乳群(BPM)の早産率は0%~15.6%、非授乳群(NBPM)の早産率は0%~19.6%でした。自然流産率は妊娠中授乳群で2.2%~7.7%、非授乳群で0%~10.35%でした。授乳期間、1日の授乳回数、出産間隔を調整した場合でも、両群間で早産率に有意差は認められませんでした。
出生体重については、8つの関連研究を検討しました。妊娠中授乳群の母親から生まれた児は、やや低い出生体重を示す傾向がありましたが、有意差が認められたのは1つの研究のみでした。
母体栄養状態については、4つの研究が検討されました。妊娠中授乳は妊娠中の体重増加減少、妊娠後期のヘモグロビン値低下、脂肪蓄積量減少と関連していました。しかし、妊娠早期からの適切な栄養補給により、第3三半期における母体栄養枯渇の影響を軽減できる可能性が示唆されました。
授乳パターンについては、5つの研究が報告しました。妊娠中に離乳する子どもの割合は高く、妊娠後期まで授乳を継続したのは18%のみと報告する研究もありました。母乳支援グループの会員を対象とした研究でも、離乳率は39%~57%と高い値でした。
母乳の量と成分については、6つの研究が検討しました。妊娠中授乳女性の66%以上で乳汁分泌量の減少が認められ、18%では完全に乳汁分泌が停止しました。妊娠後期には成熟乳が初乳様の成分に変化する傾向が観察されました。

私見

このシステマティックレビューは、妊娠中授乳の影響について初めて包括的に検討した研究です。最も重要な知見は、妊娠中授乳が早産や自然流産のリスクを有意に増加させないということでした。これまで乳頭刺激によるオキシトシン分泌が子宮収縮を誘発し、早産や流産を引き起こす可能性が懸念されていましたが、このレビューの結果はそうした懸念を支持しませんでした。 
一方で、母体栄養状態への影響は無視できません。発展途上国での研究が多いため、栄養状態が比較的良好な先進国での妊娠中授乳の影響については、さらなる研究が必要です。不妊治療の患者さまがレビューの対象というわけではありません。 
「授乳したまま妊娠してもいいですか。」「授乳したまで不妊治療再開してもいいですか。」に対しては、今後、分娩後の妊娠間隔を意識したうえで、「絶対断乳をしないと妊娠してはいけないわけではありませんが、なるべく母体の栄養状態やホルモンの状態、子宮収縮が誘発される可能性を考えて授乳が終わるくらいのタイミングで不妊治療再開を検討しましょう」とお話しすることを考えています。 

報告 症例(授乳あり/なし) 早産(授乳あり/なし) 流産(授乳あり/なし) 
Moscone  Moore  57/0 1.75%/– 5.2%/–  
Ishii  110/774 0.9%/2.5%  7.3%/8.4% 
Madarshahian Hassanabadi  80/240 0%/0%  6.25%/3.75%  
Şengül  39/22 2.6%/0% 7.7%/0%  
Albadran  215/280 6.05%/4.29%  5.12%/10.35%   有意差あり 
Ayrim  45/120 2.22%/1.66%  報告なし 
Shaaban  270/270 15.6%/19.6%  2.2%/0.4%  
表:授乳のありなしの母親での早産・流産率の割合
参照論文より改変 

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 周産期合併症

# 出生児予後

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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