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2020.08.01

男性不妊への影響:ライフスタイル(携帯電話・ノートパソコン・Wi-Fi の使用)(Fertil Steril. 2020)

はじめに

男性不妊は不妊カップルの約30〜50%に関与するとされており、そのうち特発性男性不妊(原因不明の精液所見異常)への対処は臨床上の大きな課題です。近年、携帯電話・ノートパソコン・Wi-Fiなどから放出される電磁波(EMR)が精子パラメータに悪影響を及ぼす可能性が議論されています。2000年代を中心に動物実験・試験管内実験・小規模な臨床研究が多数報告されており、酸化ストレスの増大や陰嚢温度の上昇を介した精子機能低下が懸念されています。今回、男性不妊に対する経験的治療の是非を論じたFertile Battle論文(Fertil Steril. 2020)のうち、ライフスタイル(特に電磁波)に関するセクションをご紹介いたします。 

ポイント

電磁波(携帯電話・ノートパソコン・Wi-Fi)が精子パラメータに与える影響は動物・試験管内研究が中心であり、妊娠・出生率への影響を示した信頼性の高いデータは現時点では存在しなさそうです。 

引用文献

Buhling KJ, et al. Fertil Steril. 2020 Jun;113(6):1121-1130. doi: 10.1016/j.fertnstert.2020.04.015. 

論文内容

Fertility and Sterility誌に掲載された「Fertile Battle」形式の討論論文であり、男性不妊に対するempiric medical therapyの是非について、支持派と不支持派の専門家がそれぞれ論拠を展開する構成となっています。本コラムでは、そのうちライフスタイル介入、特に電磁波(携帯電話・ノートパソコン・Wi-Fi)が精子に与える影響に関する議論を中心に紹介します。
支持派(Peter Chan, M.D.)は、ライフスタイル修正の有益性を示すエビデンスの多くが精子パラメータの改善にとどまり、妊娠率・出生率の改善を示すデータに乏しいことを認めつつも、エビデンスの不在は不在の証明ではないと主張しています。生殖アウトカムは女性側の妊孕性など精液所見以外の多くの因子に左右されるため、ライフスタイル変容の効果を出生率で評価する大規模長期研究が実施されにくい現状を指摘しています。喫煙・飲酒・肥満・食事内容(トランス脂肪酸・飽和脂肪酸の過剰摂取、オメガ3脂肪酸・魚介類の摂取)については精子パラメータや一部の妊娠アウトカムへの悪影響が示されており、禁煙・節酒・体重適正化・食生活改善は推奨できるとしています。
電磁波については、携帯電話・ノートパソコン・Wi-Fiの精子パラメータへの悪影響を示す研究が主に動物実験・試験管内実験・少数の男性を対象とした短期観察研究であることを踏まえ、長期的な出生率への影響を示す良質なエビデンスが必要であるとしています。現実的な使用形態(ズボンのポケットへの収納など)が実際の精巣への有意な電磁波暴露につながるかどうかも不明であり、現時点では使用パターンの変更を推奨するには根拠が不十分であるとしています。
不支持派(Mark Sigman, M.D.)は、ライフスタイル介入が精子パラメータの変化をもたらしても、それが出生率の改善につながるとは限らないと強調しています。携帯電話の周波数(0.9〜2.45 GHz)は非電離放射線であり、電離放射線とは異なりDNAへの直接的な損傷を引き起こしません。酸化ストレスの増大という仮説はあるものの、明確な生物学的機序は確立されていません。1日18時間の電磁波暴露を受けたげっ歯類で精巣機能低下が報告されていますが、これをヒトの通常の携帯電話使用に外挿することには無理があります。ノートパソコンについては精子をノートパソコンの下に置いた試験管内実験はあるものの、実際のヒトへの影響を示すデータはほとんどなく、大腿部へのノートパソコン使用が性器への直接的な熱または電磁波暴露につながるわけではないと指摘しています。サウナ(176〜194℉)は精子数・運動率の低下(P<0.001)と関連することが示されている一方、ジャグジー・熱湯浴(100〜104℉)については精子パラメータへの影響を示す研究はサンプルサイズ11例と小規模であり、結果は統計的有意差に達していないとしています。またすべての熱暴露を一律に回避するよう推奨することは適切でないと述べています。
下着の種類(ブリーフvsボクサー)については、500例超のカップルを対象としたLIFE試験において、下着の種類は精子パラメータ・妊娠までの期間・受胎遅延・不妊のいずれとも関連しなかったことが示されており、下着の選択は生殖アウトカムに影響しないと結論づけています。 

私見

本論文はFertile Battle形式の討論論文であり、電磁波が男性生殖機能に与える影響について賛否両論のエビデンスが整理されています。
電磁波と精子パラメータの関連を示す論文については、2000年代を中心に小規模な動物・試験管内・短期観察研究が複数報告されています(Agarwal A, et al. Fertil Steril. 2008; Avendano C, et al. Fertil Steril. 2012; Gorpinchenko I, et al. Cent European J Urol. 2014; Yildirim ME, et al. Kaohsiung J Med Sci. 2015; Kamali K, et al. Urologia. 2017; Jaffar FHF, et al. Tohoku J Exp Med. 2019)。これらはWi-Fi・携帯電話・電磁波の暴露が精子運動率低下やDNA断片化の増加と関連する可能性を示唆しています。
一方で、肥満が陰嚢温度や精子機能に与える影響のような交絡因子が十分に調整されていない点が批判されており(Agarwal A, et al. Fertil Steril. 2008)、また非電離放射線であることから生物学的機序として電離放射線と同等のDNA損傷を想定することは困難です。
妊娠・出生率という臨床的に最も重要なアウトカムへの影響を示した信頼性の高い研究は現時点では存在せず、この点は抗酸化サプリメントの議論とも共通しています。2020年に発表されたFAZST試験(Schisterman EF, et al. JAMA. 2020)やMOXI試験(Steiner AZ, et al. Fertil Steril. 2020)が抗酸化剤の出生率への影響を否定したように、精子パラメータの改善が必ずしも出生率の改善に直結しないという原則は、電磁波暴露の議論にも同様に適用されます。
臨床的には、精液所見が良好でない患者には電磁波暴露を最小化するよう指導することは許容範囲内と思われますが、ARTへの移行を遅らせるほどの介入として積極的に推奨するには、現時点では根拠が不十分です。今後、ヒトを対象とした長期的・大規模なコホート研究や無作為化比較試験によるエビデンスの蓄積が求められます。 

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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