はじめに
精子形成は、正常に機能するために体温よりも2〜8℃低い温度環境を必要とします。精索静脈瘤や停留精巣などの臨床的疾患は、精巣の高温状態を引き起こし、精子形成障害に関与することが知られています。近年、職業的・生活習慣的な陰嚢高温曝露が男性不妊の一因になりうることへの関心が高まっており、フィンランドサウナはその代表的なモデルとして注目されています。今回は、サウナ曝露が精子形成に与える影響を精液学的・分子学的に評価した縦断的コース研究をご紹介いたします。
ポイント
正常精子を有する男性でも、サウナにより精子数・運動性・ミトコンドリア機能・DNA梱包の可逆的な障害が生じそうです。
引用文献
Garolla A, et al. Hum Reprod. 2013 Apr;28(4):877-885. doi: 10.1093/humrep/det020.
論文内容
フィンランドサウナへの継続的な曝露が精液所見、精子クロマチン、精子アポトーシス、および熱ストレスと低酸素に関与する遺伝子発現に与える影響を検討することを目的とした縦断的コース研究です。10名の正常精子を有する健常ボランティア(平均年齢33.2±4.7歳)を対象に、週2回・1回15分・80〜90℃のフィンランドサウナを3か月間継続させました。サウナ開始前(T0)、3か月間のサウナ終了後(T1)、サウナ中止から3か月後(T2)、6か月後(T3)の4時点で、性ホルモン、精液所見、精子クロマチン構造、精子アポトーシス、および熱ストレスと低酸素に関与する遺伝子の発現を評価しました。統計解析には対応のあるStudentのt検定を用いました。除外基準として、精索静脈瘤、代謝症候群、悪性腫瘍、停留精巣の既往、性ホルモン異常、および過去1年以内のサウナ使用歴が設定されました。各サウナセッション前後における平均陰嚢温度はそれぞれ34.5±0.6℃および37.5±0.4℃であり(P<0.01)、有意な陰嚢温度上昇が確認されました。
結果
サウナ曝露終了時(T1)において、精子濃度(106/ml)および総精子数(106)はベースライン(T0)と比較して有意に低下しました(それぞれ31±13.1 vs. 89±29.3、93±27.0 vs. 223±52.8、いずれもP<0.001)。なお、T2においても総精子数の低下が持続していましたが(138.4±48.6、P<0.01)、T3では完全に回復しました。前進運動精子率もT1において有意に低下し(36.1±3.6 vs. 58.0±7.6、P<0.01)、一方、精子量、精子形態、生存率はすべての時点を通じて有意な変化を示しませんでした。性ホルモン(FSH、LH、テストステロン、エストラジオール、インヒビンB、SHBG)には、全期間を通じて有意な変動は認められませんでした。
精子クロマチンの評価では、アクリジンオレンジ(AO)試験においてサウナ誘発性熱ストレス後のDNA完全性に有意な変化は認められませんでしたが、ヒストン−プロタミン置換(アニリン試験:T1 vs. T0 = 69.0±4.1 vs. 78.7±4.5、P<0.05)およびクロマチン凝縮度(脱凝縮試験:T1 vs. T0 = 63.6±3.3 vs. 70.7±4.7、P<0.05)は有意に低下しました。これらのクロマチン異常はサウナ中止から3か月後(T2)には完全に消失しました。ミトコンドリア機能障害を示す精子の割合は、T1においてT0と比較して有意に増加し(76.8±4.9 vs. 54.0±6.1、P<0.01)、T2においても有意な増加が持続しました(71.2±4.3、P<0.05)。一方、後期アポトーシスの指標であるAnnexin-VおよびTUNEL試験では、全期間を通じて有意な変化は認められませんでした。
低酸素関連遺伝子(HIF1α、KDR、FLT1)はT1において著明な発現上昇を示し、T2で急速に低下しました。VEGFは発現増加が遅延し、T2において有意な上昇(P<0.001 vs. T0)を示した後、研究終了時には速やかに低下しました。熱ショックタンパク質(HSP90、HSP70)および熱ショック因子(HSF1、HSF2、HSFY)はいずれもT1において有意な発現上昇を示し、HSF2はT2まで高発現が持続し、HSP70はT3まで高発現が継続しました。
これらの知見に基づき、正常精子を有する男性においても、サウナ曝露は精子所見、ミトコンドリア機能、精子DNAパッケージングを含む可逆的な精子形成障害を誘発することが初めて示されました。サウナ使用のライフスタイルが男性不妊に与える影響を考慮することの重要性が示唆されました。
私見
本研究はサウナによる陰嚢高温曝露が精子形成に与える影響を分子レベルで検討した先駆的な研究であり、正常精子を有する男性でもサウナ曝露により精子数・運動性・ミトコンドリア機能・DNA梱包の可逆的な障害が生じることを初めて明確に示した点で大きな意義があります。特に、精子のヒストン−プロタミン置換障害がサウナによる熱ストレスでも誘発されうることは、精索静脈瘤や停留精巣との病態生理的共通点を示す観点からも興味深い知見です。
陰嚢高温曝露と精液所見についての先行研究としては以下のものが挙げられます。
- (肯定派:高熱曝露が精液所見を悪化させる)
Saikhun J, et al. Int J Androl. 1998;21:358-363.
サウナ使用により精子運動特性が低下することを報告しています。 - (肯定派)Brown-Woodman PDC, et al. Arch Androl. 1984;12:9-15.
1回のサウナ暴露でも精子所見が障害されうることを報告しています。 - (関連研究:温浴・ジャグジー)
Shefi S, et al. Int Braz J Urol. 2007;33:50-57.
週30分のジャグジーや熱い浴槽への曝露を3か月間中止することで一部の不妊男性の精液所見が改善したことを報告しています。ただしサンプルサイズが小さく解釈に限界があります。 - (精索静脈瘤・停留精巣との類似)
Ferlin A, et al. J Urol. 2010;183:1248-1252.
精索静脈瘤や乏精子症患者においてHSPs・HSFsが有意に上昇しており、本研究のサウナ誘発性高温曝露と類似した分子応答が観察されています。
本研究のdiscussionで著者らが強調しているように、ミトコンドリア膜電位の低下が精子運動性低下の主たる原因である可能性があり、後期アポトーシスの指標(Annexin-V、TUNEL)に有意な変化が認められなかったことから、熱ストレスによる精子障害はミトコンドリアに限局した損傷であると考察されています。
温度上昇が精巣内に及ぼす影響が精液所見悪化の主因なのか、全身加温の影響なのかは依然として明確ではありません。
臨床的観点からは、男性不妊外来において精液所見不良の患者にサウナや長風呂といった生活習慣を確認することは、プレコンセプションケアとして重要なポイントですね。
サウナにどの程度はいったら精液所見が悪くなりますか?」という今回のご質問に対して私の調べた範囲の答えとしては、「精液所見が悪いのであれば、時間を減らすのではなくサウナを中断してみるのが良いかもしれません。長風呂をやめたほうがよいかどうかはわかりません。論文ベースでお答えすると週2回15分のサウナでは精液所見は悪化しそうです。」となります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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