
はじめに
細菌性腟症(BV)は、不妊症との関連が指摘されています。BVでは腟内のラクトバチルス属菌が減少し、ガルドネレラ菌などの嫌気性菌が増殖します。これらの細菌が産生するリポ多糖体(LPS)やバギノライシン(VLY)などの毒素が、精子の受精能獲得や運動能に悪影響を与える可能性が示唆されていますが、詳細なメカニズムは不明でした。こちらをマウス・ヒト精子で検証した報告をご紹介いたします。
ポイント
細菌性腟症関連毒素であるLPSとVLYが精子の受精能獲得を阻害し、細胞内カルシウム濃度の異常上昇により精子機能を損なうことが明らかになりました。
引用文献
Shweta Bhagwat, et al. Hum Reprod. 2025 Jul 13:deaf132. doi: 10.1093/humrep/deaf132.
論文内容
細菌性腟症で産生される毒素が精子機能に与える影響を調べることを目的とした基礎研究です。正常精液所見を示すヒト精液検体およびマウス精巣上体精子を用いて、LPSおよびVLYの精子への影響を検討しました。精子はswim-up法により分離し、非受精能状態および受精能状態で培養されました。
結果
マウス精子をLPSまたはVLY存在下で受精能獲得させると、体外受精率が有意に低下しました(LPS群:34.93±8.57% vs 対照群60.57±4.28%、VLY群:44±16% vs 対照群76±16%、いずれもp<0.05)。。受精能状態において、両毒素は最初にマウス(p<0.001)およびヒト(p<0.05)精子の過運動性を増加させましたが、その後精子運動率(p<0.05)、過運動性(p<0.05)、先体反応(p<0.01)を有意に低下させました。これらの変化は精子細胞内カルシウム濃度の急激で不可逆的な上昇を伴いました。LPSの効果はポリミキシンBにより阻害されましたが、VLYの効果は阻害されませんでした。LPS誘発性カルシウム流入は外部カルシウムを必要としましたが、CatSperチャネルは関与せず、TLR4アンタゴニストにより阻害されました。
これらにより、LPSがTLR4受容体を介してカルシウム流入を引き起こし、VLYが膜孔形成により細胞内環境を破綻させるという異なるメカニズムが実証されました。
私見
細菌性腟症と不妊症の関連について、精子機能への直接的な影響という新たなメカニズムを提示した重要な報告です。従来、細菌性腟症と不妊症の関連は主に子宮内膜の炎症や着床障害によるものと考えられてきましたが、今回の結果はBV関連毒素が精子の受精能獲得を直接阻害することを示しています。
臨床的には、ポリミキシンBやTLR4アンタゴニストは治療薬として使えるわけではありませんが、細菌性腟症を治療することにより、男性パートナーに異常がない不妊カップルにおいても妊娠成績向上につながる可能性を示唆されました。
当院では無症状の患者様には積極的に細菌性腟症検査はおこなっていませんが、帯下が気になる患者様には検査を促すようにしています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。