
はじめに
「受精確認で前核が1個しか見えない」、この胚は異常受精をされてしまいます。しかし、見た目には不完全に見える1PN(単前核)胚の一部が、正常な二倍体として出生に至ることが明らかになってきました。21研究のシステマティックレビュー・メタアナリシスをご紹介いたします。
1PN形成の3原因
1. 非同期的前核形成
精子と卵子由来の前核形成にタイミングのずれが生じることがあります。実際には両方の前核が形成されているにも関わらず、観察時点では片方しか見えない状態です。タイムラプス観察により、この「見かけ上の1PN」の存在が明らかになりました。
2. 前核の早期融合
通常、雌性前核と雄性前核は一定時間独立して存在した後に融合しますが、時として早期融合が起こります。この場合、両親由来の染色体セットが含まれた正常な二倍体胚の1PN胚になる可能性があります。
3. 単為発生的活性化
精子の関与なしに卵子が活性化される現象で、雌性染色体のみを含む半数体胚となります。この場合は発育能が著しく制限されます。
ポイント
1PN胚は大きく3原因に分かれ、特に媒精では最大50%が正常二倍体の可能性があり、適切な遺伝学的検査により健康な出生が期待できます。
引用文献
Alessandro Bartolacci, et al. J Assist Reprod Genet. 2025 Aug 22. doi: 10.1007/s10815-025-03631-1.
論文内容
1PN由来胚が二倍体/正倍数体であり胚移植に適しているかを評価することを目的としたシステマティックレビュー・メタアナリシスです。疫学観察研究のメタアナリシス(MOOSE)ガイドラインに従い実施されました。PubMed、Embase、SCOPUSを用いて、「1PN」「単前核」「単一前核」と「卵割」「胚質」「胚盤胞質」「胚盤胞形成」「胚発育」「正倍数体」「倍数性」「妊娠」「生産」「流産」「臨床成績」「奇形」などの関連キーワードおよびMeSH用語を用いて系統的検索を行いました。
結果
21報告が包含基準を満たしました。2PN由来胚と比較して、1PN由来胚は胚盤胞形成率が低く、事前の遺伝子検査なしでの移植時の臨床成績が劣っていました。しかし、1PN由来胚は正倍数体胚盤胞移植後の正倍数体率および出生率において同等であり、奇形率も2PN胚と同程度でした。1PN由来胚では異常倍数性構成のリスクが高い傾向が認められましたが、有意差はありませんでした。注目すべきは、ICSI由来の1PN胚は媒精由来と比較して、妊娠率と生産率が有意に低いことでした。
私見
標準的PGT-Aは染色体数の異常は検出できますが、倍数性や両親性遺伝の判定には限界があります。論文中で言及された完全胞状奇胎の症例報告は、1PN胚が「正倍数体」と判定されても父性単為発生の可能性を示唆しており、SNP解析による分子学的受精確認の重要性を物語っています。
従来媒精では精子が減数分裂紡錘体近傍に進入することで両親染色体が単一前核内に包含され、1PN胚の最大50%が二倍体となります。一方ICSIでは精子注入位置が制御されるため、この現象は稀で二倍体率は7-14%にとどまります。
2PN由来胚盤胞が複数できるヒトはいいですが貴重胚のかたには、十分な説明と同意、そして各施設での慎重なプロトコル策定し治療使用を検討することも考えて良いかと思っています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。