体外受精

2025.10.31

胚盤胞コホート内の正倍数性分布は二項分布に従う(F&S Reports. 2025)

はじめに

PGT-A(着床前遺伝学的検査)により胚盤胞の正倍数性を評価する際、個々のコホート内での正倍数胚の分布を正確に予測することは臨床的意思決定において重要です。従来は年齢群の平均値のみに基づいて正倍数胚の期待値を算出していましたが、実際の分布には統計学的構造が存在する可能性があります。今回、異なるサイズのコホートおよび年齢群から得られた胚盤胞内の正倍数率が二項分布に近似し、より正確な予測フレームワークを提供することを示した研究をご紹介いたします。

ポイント

個別コホートサイズ内での正倍数胚の確率分布構造は全年齢群およびほぼ全コホートサイズにおいて二項分布を示し、単純な年齢群平均値よりも正確な予測フレームワークを提供します。

引用文献

Huang TT, et al. F&S Reports. 2025. doi: 10.1016/j.xfre.2025.09.004.

論文内容

異なるサイズのコホートおよび年齢群から得られた胚盤胞内の正倍数分布を予測できるかどうかを調査することを目的とした後方視的観察研究です。単一センターから得られた体外受精による1,719採取周期で、PGT-Aのために胚盤胞生検を実施した症例を対象としました。患者年齢および個別コホートサイズの関数としてのコホート内胚盤胞正倍数性の統計分布構造を解析しました。

結果

9,385個の胚盤胞生検結果を解析しました。正倍数性(61.1%)、異数性(32.9%)、モザイクおよび/または部分異常(3.3%)、判定不能(2.7%)。コホートは年齢群(<30歳;30-34歳;35-37歳;38-40歳;41-42歳;43歳以上)とコホートサイズ(1-10個の胚盤胞)で層別化されました。年齢群内では、胚盤胞が正倍数性である確率は年齢の増加とともに74.5%(<30歳)から19.2%(43歳以上、P<0.001)まで段階的に減少しました。各年齢群内で、正倍数性率は生検コホートサイズが1-10に増加するにつれて増加しました(単位増加あたりOR=1.03、P<0.001)。40歳未満の若年年齢群の生検では、コホートサイズの増加に伴い正倍数性胚数/コホートが予測可能な滑らかな増加を示しました。注目すべきことに、正倍数性胚/コホートの観察分布は、年齢と生検コホートサイズで特定された57個の個別サブグループのうち52個(91.2%)において、理論的二項計算から予想される分布と統計学的有意差を示しませんでした。

私見

この研究は胚生検結果の分布が単純な確率論ではなく、二項分布という明確な統計学的構造を持つことを実証した重要な報告です。
二項分布の適用により、個々の患者のコホートサイズと年齢に基づいて、より正確な正倍数性胚数の予測範囲を提供できるようになります。
先行研究のAta et al.(Reprod Biomed Online, 2012)では、コホートサイズが正倍数性確率に影響しないとされていましたが、多施設研究の施設間バリエーションのため、技術プラットフォームの違い、症例数の違いが影響した可能性があります。

年齢別・コホートサイズ別の患者数と正倍数胚データ

<30歳
コホートサイズ12345678910
正倍数率0.6570.6880.7140.7350.6970.7320.7530.6850.7780.771
30-34歳
コホートサイズ12345678910
正倍数率0.5780.6090.5780.6630.6740.6430.7190.6930.6960.730
35-37歳
コホートサイズ12345678910
正倍数率0.5780.5680.5560.5950.5330.5680.5990.5340.5630.586
38-40歳
コホートサイズ12345678910
正倍数率0.4780.3590.3470.4170.4170.4440.3980.5090.4910.550
41-42歳
コホートサイズ12345678910
正倍数率0.3240.2370.2810.2210.2000.2000.2290.3330.4440.300

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 着床前遺伝学的検査(PGT)

# 胚盤胞

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WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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