
はじめに
妊娠期は母体・胎児双方で微量栄養素の需要が急増する時期であり、特に低〜中所得国では妊娠前から複数の微量栄養素欠乏が重複して存在します。ビタミンA・D・B群、鉄、亜鉛、ヨウ素などの欠乏は、低出生体重、母体貧血、周産期死亡などの不良な予後と関連することが知られています。従来、妊婦には鉄+葉酸の補給が標準とされてきましたが、より包括的な「複合マルチビタミン(multiple-micronutrient:MMN)」が妊娠予後を改善するのではないか、という議論がありました。鉄+葉酸と比較したMMN補給の効果を明らかにするため、17試験137,791例を統合し、出生・母体予後を評価したコクランレビューをご紹介いたします。
ポイント
妊娠中マルチビタミン摂取は、低出生体重とSGA児を有意に減少させましたが、早産、周産期死亡、母体死亡などは鉄+葉酸と差を認めませんでした。
引用文献
Haider BA, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2017; Issue 4: CD004905. doi:10.1002/14651858.CD004905.pub5.
論文内容
妊娠中の複合マルチビタミン(multiple-micronutrient:MMN)補給が、母体・胎児・乳児予後に与える影響を、ランダム化比較試験をもとに評価することを目的としました。2015年までに登録された妊婦を対象とした無作為化比較試験を検索し、MMN+鉄・葉酸(IF)補給群と、葉酸±鉄補給群(対照)を比較しました。クラスターRCTも含み、2名のレビューアーが独立してバイアスリスクとデータ抽出を行いました。主要評価項目は早産、SGA、低出生体重(LBW)、周産期死亡、死産、新生児死亡でした。
結果
全19試験中17試験(137,791例)が解析対象となり、15試験は低〜中所得国で実施されました。
MMN+IF vs 鉄±葉酸(15試験)
- 低出生体重(LBW):RR 0.88(95%CI 0.85–0.91) → 有意に減少
- SGA児:RR 0.92(95%CI 0.86–0.98) → 有意に減少
- 早産:RR 0.96(95%CI 0.90–1.03) → 差なし
- 死産:RR 0.97(95%CI 0.87–1.09) → 差なし
- 周産期死亡:RR 1.01(95%CI 0.91–1.13) → 差なし
- 新生児死亡:RR 1.06(95%CI 0.92–1.22) → 差なし
母体貧血、母体死亡、流産、帝王切開率なども差を認めませんでした。副作用やコスト、母体満足度などはデータが不足していました。
MMN vs プラセボ(2試験・英国)
早産、SGA、LBW、母体貧血に差を認めませんでした。
MMN+鉄+葉酸の摂取は、鉄±葉酸と比較して 低出生体重およびSGAを有意に減少 させました。その他の周産期予後には有意差を認めません。
私見
マルチビタミン補給が「出生体重関連予後(LBW, SGA)」の改善に一貫した効果を示した点が特徴です。鉄+葉酸単剤では補いきれない栄養素の不足が背景にあり、複合的な補給が胎児の成長に寄与したと考えられます。
日本では、少食、偏食、妊娠悪阻、ベジタリアン、妊娠前BMI低値の女性などは恩恵が大きいと推察されます。
先行研究でも以下のような一致と相違がみられます。
- Ramakrishnan U, et al. Multiple micronutrient supplementation. J Nutr. 2004.
マルチビタミン群で出生体重が増加。 - Ronsmans C, et al. Effects of multiple micronutrients. Lancet. 2009.
低出生体重減少が報告され、一貫した傾向を示した。 - Vaidya A, et al. Lancet. 2008.
周産期死亡に改善を認めず。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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