
はじめに
神経管閉鎖障害発症(NTD)は先天性中枢神経系奇形の中で最も頻度が高い疾患で、出生1000人あたり0.2-10人の発症率とされています。1991年の研究により妊娠前からの葉酸摂取がNTD発症リスクを72%減少させることが明らかとなり、世界各国で妊娠可能年齢女性への葉酸摂取推奨が行われています。
産婦人科診療ガイドライン 産科編2023では下記のように記載されています。
- 妊娠前から市販のサプリメントにより1日0.4mgの葉酸を補充することで、児の神経管閉鎖障害発症リスクの低減が期待できると説明する。
- 特に神経管閉鎖障害児の妊娠既往がある女性に対しては、医師の管理下に妊娠前から妊娠11週末まで、1日4〜5mgの葉酸を服用することで、同胞における発症リスクの低減が期待できると説明する。
- 神経管閉鎖障害の発症は多因子によるものであり、葉酸摂取不足のみが発症要因ではないと説明する。
今回、日本人妊娠女性の葉酸認知度と摂取状況を調査した横断研究をご紹介いたします。
ポイント
日本人妊娠女性の70%が葉酸のNTD予防効果を知っていましたが、妊娠前からの摂取は20%のみでした。
引用文献
Yamamoto S, et al. Public Health Nutrition. 2018;21(4):732-739. doi: 10.1017/S1368980017003172
論文内容
NTD予防に対する葉酸サプリメント摂取の認知度および使用状況、情報源を明らかにすることを目的とした横断研究です。2014年9月から2015年12月に大阪府立母子保健総合医療センターを受診した妊娠女性1862名を対象に、葉酸に関する知識、情報源、サプリメント使用状況に関する質問票調査を実施しました。
結果
参加者の平均年齢は32.9歳、平均妊娠週数は18.6週でした。1700名(91.2%)が「葉酸」という言葉を聞いたことがあり、1311名(70.4%)が葉酸のNTD予防効果について知っていました。しかし、妊娠前(遅くとも妊娠1ヶ月前)から葉酸サプリメントを摂取していた女性は382名(20.5%)のみでした。多変量解析では、35歳以上(OR=2.80; 95%CI 1.24-6.29)、流産歴(OR=1.76; 95%CI 1.20-2.58)、NTD予防効果の認知(OR=1.75; 95%CI 1.11-2.77)、必要摂取量の知識(OR=2.64; 95%CI 1.92-3.62)、厚生労働省推奨の認知(OR=2.20; 95%CI 1.47-3.31)が妊娠前摂取と有意に関連していました。一方、経産回数の増加は妊娠前摂取と負の関連を示しました(1回経産:OR=0.63、2回経産以上:OR=0.18)。情報源について、摂取群ではインターネット(36.4% vs 30.9%)、医療従事者(27.2% vs 18.2%)、妊婦同士の会話(22.7% vs 18.1%)から情報を得る割合が有意に高く、非摂取群では新聞・雑誌(30.6% vs 37.0%)、母子健康手帳(8.1% vs 13.7%)から情報を得る割合が高い傾向でした。
私見
国内では、認知度は比較的高いものの、実際の妊娠前摂取率は20%程度と海外報告(オランダ51%、カナダ58%)と比較して低い結果でした。これは食品強化が行われていない日本の特殊事情も関係していると考えられます。
情報源の違いは興味深い知見で、摂取群は能動的にインターネットや医療従事者から情報を得ている一方、非摂取群は受動的なメディア(新聞・雑誌・母子手帳)に依存する傾向がありました。カナダやオーストラリアの報告でも医療従事者からの情報提供が重要であることが示されており(French MR, et al. J Am Diet Assoc. 2003; Chan AC, et al. Med J Aust. 2008)、日本でも産科医療従事者による積極的な情報提供の重要性が示唆されます。また、母子手帳による情報提供は妊娠届出後となるため、葉酸が必要な時期は過ぎてしまっています。若年女性や経産婦での摂取率が低いことから、これらの集団に対する啓発が必要です。不妊クリニックは、その窓口であることは確かです。しっかり関わっていきたいと思います。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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