研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
男性の血圧が少し高めの状態(Prehypertension)は、初回単一胚盤胞の凍結融解胚移植周期において、精液所見と妊娠転帰の双方に影響を及ぼす
英語タイトル
Prehypertension in male affects both semen quality and pregnancy outcomes in their first single blastocyst frozen-thawed embryo transfer cycles.
Wang L, Li H, Zhou W. Fertil Steril. 2025 Mar;123(3):406-414. doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.09.025. PMID: 39306189.
はじめに
妊活というと、つい女性側の体調や年齢が注目されがちですが、男性の健康状態も妊娠の成否に大きく関わっていることをこれまでにも紹介してきました。最近、男性の「血圧が少し高め」というだけの状態――いわゆるPrehypertension(前高血圧、高血圧手前)でも、精子の質や妊娠率に影響を及ぼす可能性があることが分かってきました。
今回紹介する研究では、男性パートナーがPrehypertension(前高血圧、高血圧手前)のカップルの体外受精(凍結胚盤胞移植)の結果を詳細に分析し、精液所見の低下だけでなく、妊娠率や出生率まで低下するという興味深いデータが示されています。
「まだ高血圧と診断されていないから大丈夫」と思いがちな段階でも、男性の血圧管理は妊娠の成功に影響する可能性があります。本コラムでは、その最新の知見を解説します。
研究のポイント
男性の前高血圧(120–139/80–89 mmHg)は、精子数・精子運動率の低下と関連し、乏精子症・精子無力症のリスクを高めていました。
さらに、ART(凍結胚盤胞移植)において、臨床妊娠率および出生率が有意に低下しており、男性の血圧管理が妊娠成功に重要であることが示されました。
研究の要旨
目的
本研究では、男性の前高血圧(prehypertension)が精液所見および生殖補助医療(ART)の転帰に影響を及ぼすかどうかを検討しました。
研究デザイン
後ろ向きコホート研究です。
対象
初回の単一胚盤胞凍結融解胚移植(FET)周期を行った 1,043 組のカップルを対象としました。
曝露(群分け)
男性の血圧に基づき、以下のように分類いたしました:
- 収縮期血圧(SBP)<120 mmHg かつ 拡張期血圧(DBP)<80 mmHg を満たす 対照群(n=611)
- SBP 120–139 mmHg または DBP 80–89 mmHg の 前高血圧群(n=432)
主要評価項目
出生率(live birth rate)です。
副次評価項目: 精液所見、胚培養成績、臨床妊娠率、生化学的妊娠率、流産率などを評価しました。
結果
前高血圧群は対照群と比較して、
- 総精子運動率、総精子数、前進運動率、前進精子数が有意に低下し、
- 乏精子症(前高血圧群17.6% vs. 対照群13.1%)、精子無力症(前高血圧群37.7% vs. 対照群19.8%)の割合が高い結果となりました。
ART成績では、
- 臨床妊娠率(前高血圧群42.8% vs. 対照群57.6%)
- 出生率(前高血圧群32.9% vs. 対照群47.3%)
がいずれも前高血圧群で有意に低下していました。
その他の精液所見・胚培養成績・妊娠転帰には有意差を認めませんでした。多変量解析では、男性の前高血圧は臨床妊娠および出生のいずれにおいても 独立したリスク因子 であることが示されました。
結論
男性の前高血圧は精液所見の低下を招き、さらにARTの成功率にも悪影響を及ぼす可能性があります。前高血圧は、初回の単一胚盤胞凍結融解胚移植における臨床妊娠および出生の 独立したリスク因子 であることが示唆されました。


# 用語
Prehypertension; 前高血圧と訳されることが多いようです
米国 JNC7(2003年)で導入された分類
120–139 / 80–89 mmHg を指す(本論文での定義)
「正常と高血圧の間で、将来高血圧になるリスクが高い群」
高値血圧(Elevated Blood Pressure / High-normal BP)
日本高血圧学会(JSH2019)で採用されている分類
正常血圧の上限(120–129/80未満)や正常高値(130–139/80–89)などを含む
「高血圧ではないが、リスクが高い血圧」
筆者の意見
今回の研究で最も印象的だった点は、高血圧と診断される以前の“わずかな血圧上昇”でも、すでに精液所見の悪化や妊娠転帰の低下が明確に示されていたという事実です。臨床を行う立場として非常に驚きであり、同時に大きな示唆を与える結果だと感じました。
一般的に、男性側の血圧が妊娠予後に直接影響するという認識はそれほど浸透していません。しかし本研究では、前高血圧(120–139/80–89 mmHg)という“軽度の血圧上昇”ですら、臨床妊娠率・出生率の明らかな低下として現れていたことが示されています。
男性の血圧上昇が、精巣内の微小循環不全、酸化ストレスの増加、精子の運動性・濃度・成熟過程への影響を介して生殖機能にダメージを与える可能性があると指摘されており、今回のデータはその臨床的影響を裏付ける内容と言えます。
“男性の前高血圧”という見落とされやすいリスク因子がこれほど大きな影響を持つことは驚くべきことですが、裏を返せば、男性の血圧管理を適切に行うだけで妊娠予後が改善され得るという、前向きなメッセージでもあります。
対策として考えられること
1. 定期的な血圧測定の習慣化
まずは、妊活中の男性が血圧を“見える化”し、日常的に測定することが重要です。
2. 生活習慣の改善(最も効果的な第一段階)
減量
→本研究でも、前高血圧群は BMI が高い傾向が報告されています。
運動習慣(有酸素運動+軽い筋トレ)
塩分摂取を減らす
アルコールを控える
禁煙
睡眠の改善・ストレス管理
これらは血圧の改善だけでなく、精子の質そのものを改善することが多くの研究で知られています。
3. 酸化ストレス対策(抗酸化サプリメント)
血圧上昇と精子障害には酸化ストレスが関わっていると考えられており、ビタミンC・E、コエンザイムQ10、カルニチン、亜鉛、オメガ3脂肪酸などの抗酸化対策も有用な可能性があります。
4. 改善しない場合は専門医へ早期相談
生活習慣の改善で血圧が十分に下がらない場合には、泌尿器科・男性不妊外来・循環器内科での評価が重要です。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。