プレコンセプションケア

2025.12.22

PCOS女性の妊娠前・初期メトホルミンが妊娠転帰に与える影響(Am J Obstet Gynecol. 2025)

はじめに

PCOSは、流産リスク増加が懸念されている疾患の一つです。メトホルミンは不妊治療の保険適用後、「多嚢胞性卵巣症候群における排卵誘発、多嚢胞性卵巣症候群の生殖補助医療における調節卵巣刺激。ただし、肥満、耐糖能異常、又はインスリン抵抗性のいずれかを呈する患者に限る。」として不妊治療師用薬剤として保険適応されています(国内では妊娠中は禁忌)。今回、メトホルミンの投与開始時期と継続期間が妊娠転帰に及ぼす影響を検討したシステマティックレビュー・メタアナリシスをご紹介します。

ポイント

PCOS女性において、妊娠前から開始し妊娠初期までメトホルミン投与を継続することは、妊娠確認後の中止と比較して流産リスク減少と出生率向上をもたらす可能性があります。

引用文献

Cheshire J, et al. Am J Obstet Gynecol. 2025 Dec;232(6):530-547. doi: 10.1016/j.ajog.2025.05.038.

論文内容

PCOS女性における妊娠前・妊娠第1三半期メトホルミン投与が妊娠転帰に与える影響を評価することを目的としたシステマティックレビュー・メタアナリシスです。MEDLINE、Embase、Cochrane Central Register of Controlled Trialsをデータベースから2024年8月1日まで検索しました。妊娠前からメトホルミンを開始し少なくとも妊娠確認まで継続した研究を対象とし、プラセボまたは無治療と比較した無作為化比較試験を解析しました。メトホルミン投与量は研究により1000-2550 mg/日と幅があり、一部の研究ではBMIに基づく用量調整が実施されていました。主要評価項目は流産率(妊娠20週未満)、副次評価項目は臨床妊娠率と出生率としました。BMI(<30 vs ≥30 kg/m²)によるサブグループ解析が計画されましたが、データ不足のため実施できませんでした。

結果

12研究(1708名の女性)が解析に含まれました。妊娠前から開始し第1三半期まで継続したメトホルミン投与群では、プラセボまたは無治療群と比較して、臨床妊娠率の上昇(OR 1.57, 95% CI 1.11-2.23)、流産リスクの減少傾向(OR 0.64, 95% CI 0.32-1.25)、出生率の上昇傾向(OR 1.24, 95% CI 0.59-2.61)が認められました。一方、妊娠確認後にメトホルミンを中止した群では、臨床妊娠率の上昇(OR 1.35, 95% CI 1.01-1.80)は認められたものの、流産率の増加傾向(OR 1.46, 95% CI 0.73-2.90)も示されました。間接比較では、第1三半期継続投与が妊娠確認後の中止と比較して一貫して良好な傾向を示しました(臨床妊娠OR 1.16, 95% CI 0.74-1.83、流産OR 0.44, 95% CI 0.17-1.16、出生OR 1.14, 95% CI 0.41-3.13)。

私見

メトホルミンの流産予防効果については、これまでの報告でも議論されてきました。2019年コクランレビューでは、卵巣刺激治療におけるメトホルミン単独療法で明確な流産予防効果は示されませんでしたが、クロミフェンとの併用では流産リスク減少の可能性が示されていました。また、2020年コクランレビューでは、ART治療における流産リスク減少が示されましたが、統計学的不確実性がありました。一方で、観察研究のメタアナリシス(Zeng XL, et al. Medicine 2016)では、妊娠中継続投与による明確な流産予防効果が報告されています。
メトホルミンの作用機序として、PCOS女性の80%(肥満例)および40%(非肥満例)に認められるインスリン抵抗性の改善が重要と考えられています(Sam S, et al. Diabetologia 2017)。インスリン抵抗性は流産リスクと独立して関連することが知られており(Luo Z, et al. J Clin Med 2023)、メトホルミンによる糖新生抑制、脂質合成抑制、糖取り込み促進を介したインスリン抵抗性改善が妊娠維持に寄与すると推察されます。妊娠確認後の中止により「リバウンド効果」として一時的なインスリン抵抗性悪化が生じ、第1三半期における妊娠転帰に悪影響を及ぼす可能性が示唆されます。
安全性に関して、第1三半期メトホルミン曝露による先天奇形リスク増加は報告されておらず(Abolhassani N, et al. BMJ Open Diabetes Res Care 2023)、母体の妊娠高血圧症候群や巨大児のリスク減少効果も確認されています(Fornes R, et al. Reprod Biol Endocrinol 2022)。
国内含めた指針改定を注視していきたいと思います。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 流産、死産

# 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)

# メトホルミン

# 周産期合併症

# 影響する薬剤など

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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