研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
不妊治療中の男性における飲み物の摂取と、精液所見および生殖補助医療の治療成績との関係
英語タイトル
The association of men’s beverage intake with semen quality and assisted reproduction outcomes in patients undergoing fertility treatment.
Salas-Huetos A, et al. Andrology. 2025 Mar;13(3):473-484. doi: 10.1111/andr.13795. PMID: 39535482.
はじめに
甘い清涼飲料水の飲みすぎやアルコール摂取は、健康全般に悪影響を及ぼすだけでなく、「精子にもよくないのではないか」と考える方は少なくありません。実際、糖分やアルコールの過剰摂取は、肥満や代謝異常、ホルモンバランスの乱れを通じて、精液所見を悪化させる可能性が指摘されてきました。そのため、不妊治療の現場では「甘い飲み物やお酒は控えた方がよい」という指導が行われることも多いのが現状です。
では、こうした飲み物は本当に精子の状態を悪くし、不妊治療の成績にも影響しているのでしょうか。近年、この“当たり前”と思われてきた考え方に、あらためて科学的な検証が加えられています。
研究のポイント
男性の飲料摂取は精液所見には影響しませんでした。
カフェイン入りコーヒー・紅茶、蒸留酒(リキュール類)は出生率低下(約0.49→0.31–0.33)と関連していました。
一方、ビール摂取は出生率上昇(0.32→0.51)と関連していました。
研究の要旨
背景
飲料摂取と生殖機能との関連についてはこれまでに複数の研究が報告されていますが、その結果は一貫していません。
目的
本研究は、男性の飲料摂取量と精液所見、ならびに生殖補助医療における治療成績、特に出生率との関連を評価することを目的としました。
対象と方法
治療前の飲料摂取と精液所見との関連を、343人の男性から得られた896検体の精液サンプルを用いて解析しました。さらに、296組のカップルが受けた714周期のMAR(人工授精306周期、体外受精408周期)を対象に、受精率、着床率、臨床妊娠率、流産率、出生率との関連を検討しました。カフェイン飲料、アルコール飲料、加糖飲料、人工甘味料飲料およびその種類別摂取量を曝露因子として評価しました。
結果
カフェイン飲料、アルコール飲料、加糖飲料、人工甘味料飲料の総摂取量はいずれも、精液所見や受精率、着床率、臨床妊娠率、出生率とは有意な関連を示しませんでした。
一方、飲料の種類別の解析では、体外受精周期において、カフェイン入りのコーヒーの摂取量が最も少ない群の出生率は0.49(95%信頼区間[CI]0.38–0.61)であったのに対し、最も多い群では0.33(95% CI 0.24–0.43)と低下していました。カフェイン入りの紅茶でも同様に、出生率は0.49(95% CI 0.33–0.51)から0.31(95% CI 0.22–0.41)へ低下していました。また、蒸留酒(リキュール類)の摂取量が多い群では、出生率が0.45(95% CI 0.37–0.53)から0.32(95% CI 0.25–0.41)へ低下していました。
一方で、ビール摂取量が最も少ない群の出生率は0.32(95% CI 0.23–0.42)であったのに対し、最も多い群では0.51(95% CI 0.39–0.62)と上昇していました。
結論
男性の治療前におけるカフェイン入りコーヒー・紅茶および蒸留酒の摂取は、体外受精における出生率の低下と関連していました。一方で、ビール摂取は出生率の上昇と関連していました。飲料摂取と精液所見やその他の治療成績との明確な関連は認められませんでした。
私見と解説
本研究では、ビール摂取量が多い男性で出生率が高いという結果が示されましたが、これは「ビールを飲めばよい」という意味ではありません。観察研究であり、飲酒量や生活習慣の違いを反映している可能性も否定できず、過剰な飲酒が男性生殖機能に悪影響を及ぼすことは、これまでの多くの研究からも明らかです。
私自身、これまでの診療では、日本の厚生労働省やWHOの提言に基づき、「アルコールに明確な適量はなく、できるだけ控えることが望ましい」と説明してきました。妊娠を希望するカップルに対しては、男性側も含めて飲酒習慣を見直すことが重要であると考えており、その立場は本研究の結果をもっても変わりません。ビール摂取と出生率の上昇が関連していたという結果は、正直なところ意外であり、驚きをもって受け止めています。
さらに重要な点として、本研究で用いられた飲料摂取量の区分は、研究参加者を摂取量の分布に基づいて分けた相対的な分類であり、具体的に「1日何杯までなら良い」「どの程度を超えると悪い」といった明確な摂取量は示されていません。そのため、この結果から実生活における適切な飲酒量や、ビール摂取を推奨できる水準を導くことはできません。
コーヒーや紅茶についても同様で、摂取量が多い群で出生率が低下していましたが、どの程度の量から影響が出るのかは分かっていません。したがって、「ビールは良い」「コーヒーは何杯までなら問題ない」といった単純な解釈は避けるべきでしょう。
臨床の現場では、これまで通り、過剰な飲酒やカフェイン摂取は控えることを基本とし、生活習慣全体を整えることが重要であるという姿勢が妥当だと考えます。本研究は、男性の生活習慣が精液所見だけでなく出生率という最終的な治療成績に影響し得ることを示唆した点で意義深いものですが、飲酒やカフェイン摂取に関する具体的な指導量を変更する根拠にはならないと考えます。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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