
はじめに
流産の大半は妊娠8週以前に生じます。身体的・心理的・経済的影響が大きいにもかかわらず、確立されたリスク因子は限られています。慢性ストレスはHPA軸(視床下部-下垂体-副腎軸)を活性化させてコルチゾールを上昇させ、HPG軸(視床下部-下垂体-性腺軸)を抑制することでプロゲステロン合成を妨げ、流産リスクを高めうると考えられています。今回、妊娠前および妊娠初期の知覚ストレスと流産発生率との関連を前向きに検討した北米プレコンセプションコホート研究をご紹介いたします。
ポイント
妊娠前ストレスは男女いずれも流産と関連しないものの、女性の妊娠4-8週の知覚ストレスが高いほど流産率は有意に上昇しました。
引用文献
Wesselink AK, et al. Hum Reprod. 2026 Apr;41(4):606-615. doi: 10.1093/humrep/deaf243.
論文内容
妊娠前および妊娠中の知覚ストレスが流産発生率とどの程度関連するかを検討することを目的とした前向きプレコンセプションコホート研究です。Pregnancy Study Online(PRESTO)は2013年から2025年に米国およびカナダ在住の21~45歳の女性、ならびに21歳以上の男性パートナーを登録した、不妊治療を用いずに妊娠を試みているカップルを対象とするインターネットベースの前向きコホート研究です。10項目版のPerceived Stress Scale(PSS-10)を用いて、女性参加者では妊娠前(8週ごと)と妊娠初期に、男性参加者では妊娠前(ベースラインのみ)に知覚ストレスを評価しました。妊娠と流産は隔月のフォローアップ質問票および妊娠初期・後期・産後質問票で同定しました。Cox比例ハザードモデルを用いて、妊娠前PSS-10スコア(女性11,189名、男性2,656名)および妊娠初期PSS-10スコア(女性8,319名)の流産発生率に対するハザード比(HR)と95%CIを推定し、潜在的交絡因子で調整しました。
結果
全妊娠の約20%が流産に至り、流産発生時期の中央値は妊娠6週でした。女性および男性パートナーの妊娠前PSS-10スコアは流産発生率と明らかな関連を認めませんでした。一方、女性の妊娠5-8週におけるPSS-10スコアは流産発生率の上昇と強く関連しました。妊娠5-8週におけるPSS-10スコア10-14、15-19、20-24、≥25(基準<10)の調整後HRはそれぞれ1.38(95%CI: 1.07, 1.77)、1.17(95%CI: 0.89, 1.52)、1.35(95%CI: 1.00, 1.83)、2.05(95%CI: 1.40, 2.99)でした。週ごとの解析では関連は妊娠4-8週に認められ、妊娠7週でピークに達しました。男性パートナーの妊娠前PSS-10スコアは流産発生率と明らかな関連を示しませんでした(≥25 vs <10の調整後HR 0.93、95%CI: 0.61, 1.40)。
私見
妊娠前もしくは中ストレスが流産率と関連する先行研究との対比は以下の通りです。
肯定派
・Qu F, et al. Sci Rep. 2017. doi: 10.1038/s41598-017-01792-3
心理的ストレスと流産の関連を検討した8研究のシステマティックレビュー&メタアナリシス。ストレス曝露歴のある女性は流産リスクが有意に上昇(プールOR 1.42、95%CI: 1.19–1.70)。ただし採用研究の多くが後方視的デザインであり想起バイアスの懸念が残ります。
・Schliep KC, et al. Hum Reprod. 2022. doi: 10.1093/humrep/deac172
流産歴1-2回を有する女性797名を対象とした前向きコホート研究(EAGeR試験の二次解析)。妊娠2-8週の日次知覚ストレスを毎日測定し、中央値以上の群で早期妊娠喪失リスクが約2倍上昇(HR 1.69、95%CI: 1.13–2.54)。流産歴のある集団に限定される点に注意が必要です。
否定派/限定的
・Lynch CD, et al. Hum Reprod. 2018. doi: 10.1093/humrep/dey030
LIFE Studyの前向きプレコンセプションコホートで妊娠成立した337名を解析。妊娠前の唾液中コルチゾール(最高 vs 最低三分位 HR 0.72、95%CI: 0.43–1.19)およびαアミラーゼ(HR 1.01、95%CI: 0.59–1.72)と流産との明確な関連を認めず。ただし評価時期が妊娠前のみで、流産にとって重要な妊娠初期の曝露を捉えられていない限界があります。
臨床的意義としては、以前から不育症患者のテンダーラビングケアは有効とされていますが、そのほか、瞑想・マインドフルネスプログラム(Jensen KHK, et al. Reprod Biomed Online. 2021)、集団心理療法(Abdollahi S, et al. Front Psychol. 2020)、認知行動療法(Golshani F, et al. BMC Psychiatry. 2021)といったストレス低減介入が流産予防に有効である可能性があるかどうかですね。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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