
はじめに
現行のガラス化保存プロトコルは、CPA(cryoprotectant)への段階的曝露を必要とし、時間と労力を要する手技です。さらに高浸透圧、室温、潜在的に毒性のあるCPAへの長時間曝露は、卵子の生存性や発生能への悪影響が懸念されています。今回、卵子の高速ガラス化保存(FV)および高速融解(FW)プロトコルの安全性と効率性を、マウス・ウサギ・廃棄予定ヒト卵子を用いて前臨床的に検証した報告をご紹介いたします。
ポイント
高速ガラス化保存・融解プロトコルは、CPA曝露時間を大幅に短縮しながら、卵子生存率・紡錘体構造・発生能を従来法と同等に維持できることが動物モデルで示されました。
引用文献
Nuno Costa-Borges, et al. Hum Reprod. 2025 Jun;40(6):1066-1076. doi: 10.1093/humrep/deaf069.
論文内容
高速ガラス化保存(FV)および高速融解(FW)プロトコルが、標準法(SV/SW)と比較して、卵子のCPA曝露時間を短縮しつつ、生存率・発生能・ラボ効率を維持できるかを検証する前臨床研究です。
材料と方法として、マウス(B6/CBAおよびCD1系統)およびウサギ(New Zealand White)から採取したMII卵子、ならびにICSI周期で除外された廃棄予定ヒト卵子(GVおよびMI期)を最長48時間培養し成熟したものを用いました。卵子はランダムに、SV/SW群、SV/FW群、FV/FW群に割り付けられました。
SV法は室温下でBS/ESに12~15分間段階的に曝露後、VS1に30秒、VS2に30秒曝露しCryotopにのせ液体窒素に浸漬する方法、FV法はESに1分間のみ曝露後、VS1とVS2にそれぞれ30秒曝露する方法です。SW法はTS(37℃)に1分浸漬後、DSに3分、WS1に5分、WS2に1分曝露する方法、FW法はTSに1分浸漬後、直接培養液に移す方法です。評価項目は、共焦点顕微鏡による紡錘体構造と染色体配列、ICSI後の生存率と発生率、マウス胚移植による着床率と出生率、ヒト卵子に対する数学的in silico浸透圧モデルおよび実験的検証です。
結果
マウス卵子の紡錘体評価では、CT群(n=23)と各凍結融解群(n=30-34)の間で正常な紡錘体形態(97.0-100%)と染色体整列(94.1-100%)に差は認めませんでした。生存率はFV/FW群が最高で(n=249、97.2%)、SV/SW群(n=224、94.2%)と統計学的に同等でしたが、SV/FW群(n=229、91.7%)より有意に高い結果でした(P=0.008)。ICSI後の2細胞期到達率は全群で98.4-99.4%と同等であり、胚盤胞形成率はSV/SW群83.4%、FV/FW群80.9%、SV/FW群75.9%で、新鮮卵子CT群(n=123、86.4%)と同等でした。胚盤胞の総細胞数も群間差はありませんでした(CT群130.5±29.1、SV/SW群127.3±28.1、SV/FW群130.7±30.5、FV/FW群120.7±30.4)。マウス胚移植では、SV/SW群92胚移植から44匹(出生率47.8%)、SV/FW群95胚移植から41匹(43.2%)、FV/FW群93胚移植から36匹(38.7%)、CT群47胚移植から23匹(48.9%)の出生を認め、群間に有意差はありませんでした。出生児はすべて健康に成熟しました。
ウサギ卵子では、生存率は全群で90-100%、ICSI後の2細胞期到達率はCT群87%、SV/SW群63.0%、SV/FW群77.3%、FV/FW群76.2%でした。胚盤胞形成率はCT群47.8%、SV/SW群22.2%、SV/FW群13.6%、FV/FW群28.6%であり、SV/FW群はCT群より有意に低い結果でした。
ヒト卵子では、in silico浸透圧モデルにより、FVプロトコルでは卵子容積が等張時の37.6%まで縮小すると予測され、これは従来SVプロトコルでの50.7%より低値でした。一方、FW後にCMへ移した場合の体積回復は67.1%と予測されました。実験検証ではSV/FW群(n=101)の生存率が融解2時間後97%、24時間後94.1%、FV/FW群(n=103)でそれぞれ100%、97.1%であり、両群で同等でした(P>0.05)。
私見
最近、ワンステップ融解に先に着目されてディスカッションがすすんでいますが、やはり、凍結・融解はセットであり、ともに議論していく必要があると思っています。
ガラス化保存する際には、細胞内の水分を凍結保護剤(CPA)と置き換える「脱水」の過程が必須です。この脱水によって卵子は一時的に縮小しますが、過度に縮みすぎると細胞膜・紡錘体・細胞内構造が物理的損傷を受け、生存性や受精能・発生能が損なわれると考えられてきました。
そこで古くから「卵子は等張時の容積の50%までは縮小しても耐えられるが、それ以上縮むと損傷リスクが高まる」という経験則が提唱され、これが「50%縮小耐性閾値」として広く参照されてきました。Newton H, et al. J Reprod Fertil. 1999、Mullen SF, et al. Hum Reprod. 2004、Paynter SJ, et al. Hum Reprod. 2005などがこの閾値を支持する代表的な先行研究です。
実際、本研究の従来法(SV/SW)における浸透圧シミュレーションでも、卵子はVS曝露時に最小50.7%まで縮小しており、ちょうどこの古典的閾値の範囲内に収まる設計となっていました。
一方、本研究の高速法(FV)では、ES曝露1分・VS曝露1分という短時間で急速に脱水を行うため、卵子は等張時の容積の37.6%まで縮小すると予測されました。これは古典的な「50%ルール」を大きく下回る値であり、従来の常識からは「縮みすぎ」で危険と判断されるレベルです。
しかし実際にマウス・ウサギ卵子で検証したところ、生存率・紡錘体構造・染色体配列・ICSI後の発生率・出生率はいずれも従来法と同等に保たれていました。つまり、卵子は従来想定されていたよりも柔軟性があり、急速かつ生理的温度に近い条件下で短時間の脱水であれば、容積が37.6%まで縮小しても致命的な損傷を受けないことが示されたわけです。
この知見は「50%縮小耐性閾値」という古典的な目安を再考する必要性を示唆しており、ガラス化保存プロトコルの高速化を理論的に支持する重要なデータとなります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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