はじめに
Empty follicle syndrome(EFS:空胞。卵胞が発育しているにもかかわらず採卵時に卵子が存在しない状態)の発生とメカニズムに関する議論は、体外受精が開始された初期から行われてきました。最近のシステマティックレビューでは、真性と偽性に分けられるとされています。真性EFSは、通常の卵巣刺激とhCGトリガー(採卵当日のhCG濃度測定により血中濃度も問題ないことを確認)を行っても卵子が回収できない状態を指します。一方、偽性EFSは、採卵方法などのヒューマンエラーや薬剤の使用方法の問題により卵子が回収できない状態とされています。報告されているEFSのかなりの割合が偽性EFSであり、真性EFSは以前に推定されていたよりもさらに稀な事象である可能性が示唆されています。
当院においても、個々の薬剤が良質であっても、薬剤の組み合わせや当院の採卵決定タイミングとの相性などが影響するため、空胞の発生率を厳密に管理しています。この観点から、今回の論文は非常に納得のいく内容でしたので、ご紹介いたします。
ポイント
卵巣予備能の低下が認められる患者、特に発育卵胞数が少ない症例において真性EFSの発生率が高く、胞状卵胞数(AFC)が重要な予測因子であることが示されました。真性EFSの背景には卵巣予備能の枯渇が関連していると考えられます。
引用文献
Shiran Yakovi et al. Gynecol Endocrinol. 2019. DOI: 10.1080/09513590.2018.1519793
論文内容
Empty follicle syndromeは卵子の老化が原因ではないかと議論されてきました。本研究では、成熟卵胞数が少ない症例における真性EFSの発生を前向きに調査することを目的としました。
95名の不妊治療を実施している女性をリクルートし、通常の卵巣刺激を実施してhCG投与日に直径14mm以上の卵胞が6個以下である症例に対して評価を行いました。
女性の平均年齢は37.5±5.2歳、平均基礎FSH値は9.1±3.7mIU/L、平均胞状卵胞数(AFC)は6.9±4.6個、14mm以上の卵胞数(hCG投与日)は平均3.4±1.5個でした。95名の女性のうち、4名が卵巣予備能低下を特徴とする真性EFSを呈し(4.2%)、これら4例とその他の91例(対照群)を比較したところ、年齢、AFC、14mm以上の卵胞数、血清E2値はそれぞれ41.8±1.7歳 vs. 37.4±5.2歳、1.7±0.6個 vs. 7.1±4.5個、2.0±0.8個 vs. 3.4±1.5個、356±200pg/mL vs. 975±557pg/mLと有意差を認めました。
95名の女性のうち56名が卵巣反応不良のボローニャ基準を満たしており、真性EFS症例4名全員がこのグループに含まれていたため、このグループでの発生率は7.1%でした。ロジスティック回帰分析では、AFCが真性EFSの発症に重要な因子であることが示されました。本研究では、真性EFSが成熟卵胞数の少ない不妊女性に発生しやすいことが結論付けられました。この所見は、真性EFSの発生メカニズムの背景に、より疲弊した卵巣予備能が関連していることを示唆しています。
私見
過去の論文では老化とEFSの関係を否定したものもありますが、今回の論文を通して、「加齢に伴う卵胞のリクルートが減少している場合に真性EFSの可能性が高い」と考えてよいのではないかと思われます。もちろん、それ以外の原因があることも否定はしませんが、当院の結果を見てもEFSの原因は、次の二つがほとんどだと考えています。
① 卵子の数が少ない患者、発育卵胞が少ない患者の真性EFS
② トリガーがうまく作用していないタイプの偽性EFS
EFSの改善策として、卵巣機能低下が認められている患者には通常刺激よりやや弱い刺激がよいとする報告(Lainas TGら、Hum Reprod. 2015)や、一周期に二回刺激を行う方法がよいとする報告(Moffat Rら、Reprod Biomed Online. 2014)、デュアルトリガー(hCGとGnRHアゴニストのトリガー併用)がよいとする報告(Chen CHら、Arch Gynecol Obstet. 2018)などがありますが、まだ論文数が少なく今後の研究が期待されます。各クリニックの成績に応じた治療を行うことが望ましいと考えられます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。