はじめに
卵子の質は、核成熟と細胞質成熟の両方を必要としており、受精前の培養時間中に成熟が完了する必要があります(Rienziら、2012; Coticchioら、2015)。しかし成熟が過ぎると老化が始まり質の低下が起こるとされています。
排卵誘発トリガーからIVF/ICSIまでの時間が延長することにマイナスの影響があるという部分で取り上げられていたRoberta Maggiulliらの論文です。著者らが書いている論文は臨床に即したテーマが多く複数読んでいます。この論文はトリガーからの時間だけではなく、細かい時間配分や検査施行者が影響を与えるか細かく評価しています。
ポイント
ICSI手技のタイミングや施行者が治療成績に与える影響について検討した研究です。トリガーから裸化までの時間が38時間未満では胚盤胞到達率が有意に高かったものの、累積出生率への影響は認められませんでした。
引用文献
Roberta Maggiulliら. Hum Reprod. 2020. DOI: 10.1093/humrep/dez234
論文内容
体外受精クリニックで実施した観察研究です(2016年1月~2018年1月)。
着床前遺伝子検査(PGT)の有無にかかわらず、1444サイクルを受けたすべてのICSI(n = 1084組、平均±標準偏差 母体年齢:38.1±4.0歳)を、自身の卵子(n = 7999個、1採卵あたり5.5±3.2個)を新鮮射出精子でICSIしたものを対象としました。すべての処置施行者オペレーターと重要なタイミング(トリガーから裸化、裸化からICSI、トリガーからICSI)は、電子媒体を用いて自動的に記録されています。主要評価項目は、非PGTおよびPGT周期の累積出生率です。副次評価項目は、受精卵子あたりの平均胚盤胞率としました。一般化線形モデルおよび多変量ロジスティック回帰分析を行いました。
結果
裸化は14名、ICSIは12名の胚培養士が担当しました。採卵後、平均4.1±1.2時間(2-7)前培養後、裸化を実施しました。ICSIは直後に開始しました。
トリガーから裸化までの平均時間は39.3±1.3時間でした。裸化とICSIの手技平均時間は8.1±3.8分と12.6±6.4分でした。受精卵子あたりの平均胚盤胞到達率は34.0±27.9%でした。この結果はトリガーから裸化までの時間(平均胚盤胞到達率は38~42時間で安定していたが、38時間未満で有意に高かった)、母体年齢(平均胚盤胞到達率は特に40歳を超えると低下する)、精子濃度(精子濃度が1500万/ml以上の場合の平均胚盤胞到達率が最も高く、精子数がとても少ない症例では最も低かった)と有意に関連していました。
母体年齢と受精胚数を調整したときに、ICSIに関連する手続きのタイミングと処置施行者は、非PGTまたはPGT実施症例のどちらでも累積出生率に関連しませんでした。
結論
トリガーから裸化までの時間が平均胚盤胞到達率と軽度の関連があることを除き、ICSI・裸化のタイミングや処置施行者は、平均胚盤胞到達率・累積出生率ともに関連はありませんでした。
私見
彼らが論文で書いているlimitationとwider implicationが素晴らしくてこの論文をとりあげました。少し意訳になりますがご拝読ください。
ひとつのIVFクリニックの研究であり、再現性は異なる培養室環境、異なるプロトコール、異なる受精胚培養士のクリニックで評価されるべきと考えています。そのうえでトリガーの種類、培養液、インキュベーターなどの影響を与えそうなもの調査を進めていくべきです。胚培養士と臨床医の間で積極的にコミュニケーションをとることは、日々の作業量を合理的かつ効率的に整理し、特に予後不良のカップル(母体年齢の上昇、精子数の減少および/または卵巣予備能の低下)が治療された場合に、平均胚移植率を高めることに貢献する可能性があります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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