はじめに
外来で診療をしていると、「卵巣刺激の注射量を相談したい」と患者様から言われることがあります。色々なSNSの発信の影響でしょうね。患者様が医療知識をもつことは大賛成ですが、その知識が現在治療している施設への医療不信に繋がることは避けなくてはいけません。体外受精における調節卵巣刺激では、年齢、卵胞期FSH値、胞状卵胞数(AFC)、AMHなどの卵巣予備能マーカーに基づいてFSH投与量を個別化することがありますが、この個別化が臨床転帰を改善するかどうかについて、2018年版から6試験が追加された2024年版コクランレビューをご紹介いたします。
ポイント
卵巣予備能検査に基づく個別化FSH投与量調整は、出生率・継続妊娠率への明確な改善効果は示されませんでしたが、中等度から重度のOHSSリスクを低下させる可能性があります。
引用文献
Ngwenya O, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2024;1:CD012693. doi: 10.1002/14651858.CD012693.pub3.
論文内容
この2024年版コクランレビューでは、IVF/ICSIを受ける女性における卵巣予備能マーカーを用いた個別化ゴナドトロピン投与量選択の効果について、2023年2月までの関連文献(26試験:N = 8520、2018年版の20試験から6試験追加)を調査し検討しました。
対象は、(a)卵巣予備能検査(AMH、AFC、および/または卵胞期FSH値)に基づいて低反応者、正常反応者、または高反応者が予測される女性に対して異なるFSH用量を投与し比較した試験、(b)個別化された投与方法(少なくとも1つの卵巣予備能検査指標に基づく)と標準的治療を比較した試験としました。
主要評価項目は、出生率/継続妊娠率と重度のOHSS発生率でした。副次的評価項目は、臨床妊娠率、中等度または重度のOHSS、多胎妊娠率、回収卵子数、体外受精周期の卵巣刺激後中止率、FSH総投与量と投与期間でした。
結果
予測される反応に応じた直接投与量比較では、すべてのエビデンスは低質または非常に低質でした。低反応予測患者、正常反応予測患者においてFSH投与量の増加が出生率/継続妊娠率、OHSS、臨床妊娠率に明確な影響を与えるかは不明でした。高反応予測患者では、FSH低用量投与が出生率/継続妊娠率に与える影響は不明でしたが、中等度または重度のOHSSの可能性は低下する傾向がみられました。
卵巣予備能検査アルゴリズムに基づく比較では、8試験で卵巣予備能検査アルゴリズムと非卵巣予備能検査対照群が比較されました。出生率/継続妊娠率(OR 1.12, 95% CI 0.98-1.29; I² = 30%; 7研究, 4400女性)および臨床妊娠率に明確な差はありませんでした。しかし、卵巣予備能検査アルゴリズムは中等度または重度のOHSSの可能性を低下させました(Peto OR 0.60, 95% CI 0.42-0.84; I² = 0%; 7研究, 4400女性)。標準用量投与で出生する確率が25%であれば、卵巣予備能検査アルゴリズムを用いた投与では25%~31%の確率になりました。標準用量で中等度または重度のOHSSを発症する確率が5%であれば、卵巣予備能検査ベースの投与では2%から5%となっていました。
私見
今回の2024年版アップデートでは、2018年版から6試験が追加され、より多くのデータに基づいた解析となりましたが、基本的な結論は変わりませんでした。重要な点は、卵巣予備能検査に基づく個別化がOHSSリスクを低下させる可能性が示されたことです。
特に高反応予測患者においては、FSH投与量を減らすことでOHSSリスクを下げることが重要ですが、投与量を減らしすぎると卵胞が育たずキャンセル率も増加するため注意が必要です。個別化の恩恵を受けるのは特定のサブグループである可能性があり、今後はより詳細なサブグループ解析が必要と考えられます。
現在のエビデンスでは、正常反応者や低反応者において150IU以上の投与量調整を行う明確な根拠は示されておらず、特に投与量増加は総FSH投与量とコストの増加を伴うため慎重な判断が必要です。一方で、高反応予測患者における投与量減少については、OHSSリスク低下の観点から合理的なアプローチと考えられます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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