はじめに
「出生率をあげるために、たくさん卵巣刺激を行い、たくさん卵子をとったほうが妊娠するの?」という結論にはまだ至っていません。何故かというと、人には多様性があるうえに治療にも多様性があり、中々統一した治療方法での報告は多くないからです。Munneらは2017年に42の体外受精施設からの若い卵子ドナーを用いて着床前検査を調べてみると39.5%から82.5%とクリニック間で正倍数性胚の割合には大きな差があることを報告しました。施設間による培養条件(PHや温度の変化など)の違いもありますし、卵子ドナー対象のため多くの卵子回収が必要であり平均E2レベル: 3703±658pg/mL、平均回収卵数: 25±6個の卵子と通常の現在の日本で行うOHSSを回避する刺激よりは圧倒的に高用量となっています。
では、私たちが日常で行う調節卵巣刺激が卵子に与える影響はどうなんでしょうか。
今回ご紹介するのは「調節卵巣刺激でできる受精胚の正倍数性胚の割合は低下しないよ」という論文です。
ポイント
女性の年齢に関係なく、ゴナドトロピンの総投与量、刺激日数、回収卵子数、トリガー日の最大卵胞サイズまたは最大E2レベルの違いで着床前検査(PGT-A)の正倍数性胚の割合と正倍数性胚を用いた凍結融解単一胚移植の出生率に有意な影響を与えませんでした。適切な範囲内の調節卵巣刺激であれば受精胚の質に悪影響を及ぼさない可能性が示唆されます。
引用文献
M Irani et al. Hum Reprod. 2020. DOI: 10.1093/humrep/deaa028
論文内容
2013年から2017年の間に行われた着床前遺伝子(PGT-A)検査を用いた体外受精2,230例と、正倍数性胚を用いた凍結融解単一胚移植(FET)930例の後方視的研究です。
12,298個に関して着床前遺伝子(PGT-A)検査を行いました。
女性は5つの年齢グループ(<35歳、35〜37歳、38〜40歳、41〜42歳、>42歳)に分けました。刺激日数(<10日、10-12日および≧13日)、総ゴナドトロピン(HMG/FSH)投与量(<4000、4000-6000および>6000 IU)、回収卵子数(<10、10-19および≧20個の卵子)、トリガー日の最大E2レベル(<2000、2000-3000および>3000 pg/mL)、および最大卵胞のサイズ(<20および≧20 mm)の間で成績を比較しました。
結果
同じ年齢グループ内では、ゴナドトロピンの総投与量、刺激日数、回収卵子数、トリガー日の最大卵胞のサイズまたは最大E2レベルの違いで着床前遺伝子(PGT-A)検査の正倍数性胚の割合と正倍数性胚を用いた凍結融解単一胚移植の出生率には差がありませんでした。
最も若いグループ(<35歳、n = 3469個の受精胚)では、正倍数性胚の割合はどの項目でも差がありませんでした。総ゴナドトロピン用量(<4000 IU: 55.6%、4000-6000 IU: 52.9%、>6000 IU: 62.3%; P = 0.3)、刺激日数(<10日: 54.4%、10-12日: 55.2%、>12日: 60.9%; P = 0.6)と回収卵子数(<10個: 59.4%、10–19個: 55.2%、≥20個: 53.4%; P = 0.2)、トリガー日の最大E2レベル(E2 < 2000 pg/mL: 55.7%、E2 2000–3000 pg/mL: 55.4%、E2 > 3000 pg/mL: 54.8%; P = 0.9)(卵胞<20 mm: 55.6%、卵胞≥20 mm: 55.1%; P = 0.8)。
同様に、最も女性年齢が高いグループ(>42歳、n = 1157個の受精胚)でも、正倍数性胚の割合は、総ゴナドトロピン用量<4000 IU: 8.7%から>6000 IU: 5.1%(P = 0.3)、刺激日数の<10日: 10.8%から>12日目8.5% (P = 0.3)、回収卵子数は<10個: 7.3%から≥20個: 7.4%(P = 0.4)、トリガー日の最大E2レベルE2 <2000 pg/mL: 8.8%からE2 >3000 pg/mL: 7.5%(P = 0.8)、最大卵胞のサイズ<20mm: 8.2%から≥20mm: 8.9%(P = 0.7)と同様に差がなく、凍結融解胚移植での成績にも差がありませんでした。
卵巣刺激は、女性の年齢に関係なく、ゴナドトロピンの総投与量、刺激日数、回収卵子数、トリガー日の最大卵胞のサイズまたは最大E2レベルの違いで着床前遺伝子(PGT-A)検査の正倍数性胚の割合と正倍数性胚を用いた凍結融解単一胚移植の出生率に有意な影響を与えません。
私見
いくつかの研究では、強い卵巣刺激は胚毒性があり、減数分裂の際に染色体の異常な分離を促進することで、異数化率を高める(正倍数性胚の割合を減少させる)可能性が考えられています(Vogel、Spielmann 1992; Valbuenaら. 2001; Van der Auwera、D’Hooghe 2001; Leeら. 2005; Robertsら. 2005; Baartら. 2007)。ただ、全てに関して適量があると思いますので、現段階では、「適切な卵巣刺激の範疇がありそうだが一般的な刺激であれば大丈夫」というのが結論なんでしょうか。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。