はじめに
子どもが欲しいと願う女性にとって、妊娠できないことは罪悪感に苛まれたり、自尊心の低下をもたらしたりすることがあります。不妊によって引き起こされる精神的ストレスは、抑うつ、不安、生活の質の低下にも繋がっていきます。これまでの報告で、不妊によって感情ストレスが起こることは明らかですが、感情ストレスが不妊原因となることや、不妊治療の成績を低下させる明確な根拠は見つかっていません。厳密にいうと交絡因子が多数あり評価が困難であるというのが実情です。
生物学的に論理的な根拠がわかっていませんが、患者様の多くから「ストレス環境が不妊原因や治療結果に影響を与えますよね」と質問されます。医療は現実的な数値ありきで行うものだと考えていますので、時には現実の厳しい状態を告知しなくてはいけない場面もあります。間違った考えを正す責任も医療者にはあると思っています。反面、辛い思いをしているのが分かっているからこそ、早く妊娠にたどり着いてほしいと思います。妊娠しないときには辛さから解放してあげられない悔しさが私たちには残ります。
今回紹介する論文は、不妊治療を受けている女性のどの程度が「不妊が感情ストレスによって起こる」と考えているかを調査した報告です。
ポイント
不妊治療を希望する女性の約7割が「感情的ストレスが治療成功率を低下させる」と考えており、所得や教育水準により認識が異なります。感情ストレスと生殖の関係は科学的に証明されていないため、患者への適切な情報提供が重要です。
引用文献
Negris O, et al. J Assist Reprod Genet. 2021. DOI: 10.1007/s10815-021-02079-3.
論文内容
感情ストレスがどの程度不妊と関連があると思っているか調査することを目的に、イリノイ州の生殖医療施設で不妊治療を受けている女性患者を対象に1460名のアンケート調査を実施しました。女性年齢は20歳から58歳(平均36.2歳、SD=4.4歳)でした。アンケート調査に応じたほとんどは白人(72.2%)、男女のパートナーシップ(86.8%)であり、主治医が自分たちの背景を理解していると感じてくれていると回答しました(79.4%)。
結果
回答者のうち、感情的ストレスが不妊原因になると考えている人は28.9%、感情的ストレスが不妊治療の成功率を下げると考えている人は69.0%、感情的ストレスが流産の原因になると考えている人は31.3%でした。ストレスは不妊治療に影響しないと考えている人は4分の1以下(23.8%)にとどまりました。不妊原因、不妊治療、流産に関してストレスと関連があると感じている女性は世帯年収や教育水準により異なりました。
不妊治療を希望する女性の大多数は、感情的ストレスが不妊治療の成功率を低下させると考えています。感情的ストレスと生殖に関する考え方は、人種・民族、所得、教育によって大きく異なっています。感情ストレスと生殖に関する生物学的関係が証明されていないことを知らない可能性が高い特定の女性グループには注意を払う必要があります。
私見
不妊治療を希望する女性の大多数は、感情的ストレスが不妊治療の成功率を低下させると考えていますので、そのような感情をもつことは決して稀なことではありません。また、今回の調査では不妊治療に関わる主治医が自分の背景を理解していないと感じている場合、感情ストレスが不妊原因になると考える割合が2.5倍以上高くなっています。
不妊症は病気です。治療で治る人もいれば、治らない人もいます。医療者として、患者様にとって希望のある心地よい発言ばかりを続けられないこともあります。しかし、少しでも納得いく医療を提供したいと常に思っています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。