はじめに
このテーマは本当に難しいですね。患者様に説明を求められても中々うまく説明できません。免疫は寛容すぎるのも、過剰すぎるのもだめです。
そして、この論文では、血栓性素因も免疫的なニュアンスと絡めて書かれてあります。
ポイント
反復流産における血栓性素因と免疫学的因子の関与について解説します。抗リン脂質抗体症候群は明確なエビデンスがある一方、遺伝性血栓性素因については議論が分かれています。原因不明反復流産に対する抗凝固療法の有効性は証明されておらず、適切なスクリーニングと治療選択が重要です。
引用文献
Alecsandru D, et al. Fertil Steril. 2021. DOI: 10.1016/j.fertnstert.2021.01.017.
論文内容
⑤血栓症と反復流産
血栓症はさまざまな妊娠転帰と関連していますが、反復流産と特定の血栓症との関係については、しばしば誤解されています。血栓症は遺伝することもあれば、後天的に発症することもあり、患者は自身が血栓症であることに気付いていないこともあります。
妊娠はそれ自体が血栓症の原因となるため、血栓性素因がある場合、妊娠中の女性は合併症のリスクが更に高くなります。
妊娠中の凝固性亢進状態には、凝固因子(VII、VIII、X、von Willebrand因子、フィブリノゲン)の増加や、抗凝固活性(プロテインSや後天性プロテインC抵抗性)の低下、線溶活性の低下も見られます。これらの変化は下肢の静脈うっ滞を引き起こし、妊娠中の静脈血栓塞栓症の発生率が5倍になると言われています。
遺伝性血栓性素因は、血液凝固因子自身もしくは制御する遺伝子変異によって引き起こされます。これらの疾患の重症度は、患者がこれらの遺伝子変異のキャリアーであるかホモ接合であるかによって影響を受けることが多いです。一般的な遺伝性血栓性素因には、V型ライデン因子、プロトロンビンG20210A、アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症などがあります。遺伝性血栓性素因が妊娠に悪影響を及ぼすかどうかは議論の余地があり、反復流産との関連性については研究結果が分かれています。前向き研究では、遺伝性血栓性素因と反復流産との関連性は確認されていませんが、メタアナリシスや後方視的研究では、何らかの関連性が示されています。
補足
国内ではV型ライデン因子、プロトロンビンG20210Aの変異は報告されていません。また先天性プロテインC欠乏症は日本名健常名の0.1〜0.5%、先天性プロテインS欠乏症は日本名健常名の1〜2%と言われています(生殖医療ガイドライン2025)。
後天性血栓症(抗リン脂質抗体症候群)は、反復流産との関連がより明確に示されています。反復流産を引き起こす抗リン脂質抗体症候群の病態生理については、いくつかの説があります。当初は、胎盤の血栓や梗塞が早期流産につながると考えられていましたが、抗リン脂質抗体症候群の有無に関わらずよく見られる所見であることがわかっています。母体血流が大幅に増加するのは妊娠first trimester(1〜12週)の後半になってからであり、早期流産の原因になるとは考えづらいのではないかと言われています。
抗リン脂質抗体は、胚栄養膜細胞に有害な影響(胚栄養膜細胞の増殖・分化の阻害、脱落膜への浸潤阻害、炎症惹起)を及ぼすことは報告されており、反復流産の原因となる可能性が高いです。
反復流産患者に対してさまざまな血栓症のスクリーニングを行うかどうかは、患者の既往歴と家族歴に基づいて決定していく必要があります。遺伝性血栓性素因の場合、治療が反復流産の予後に影響するという証拠はほとんどないため、スクリーニングは静脈血栓症の既往歴または強い家族歴を持つ患者に限定すべきです。抗リン脂質抗体症候群については、ASRMとESHREは「2回以上の早期流産経験がある女性で、母体の解剖学的・ホルモン的異常とカップルの染色体の原因が除外されている場合にはスクリーニングを行ってもよい」としています。この場合、「妊娠」とは、超音波検査または病理組織学的検査によって記録された臨床的な妊娠と定義されます。
妊娠初期の血栓性素因患者に対する治療法にはさまざまなものがありますが、その多くは有効性が証明されていません。最も重要なことは、初期流産を予防する目的で、先天性血栓性素因を持つ女性に抗凝固療法を行うことを支持するエビデンスはありません。
この治療法に関する利用可能なデータを調査した2つのメタアナリシスでも、同様の結論が得られました。有効性を示す論文もありますが、標準的な治療には至っていません。
一方、反復流産の予後を改善するために、抗リン脂質抗体症候群を治療することの有益性は証明されています。抗リン脂質抗体症候群を有する反復流産に対する治療のシステマティックレビューでは、未分画ヘパリンと低用量アスピリンの併用により、早期流産が最大50%減少することがわかりました。未分画ヘパリンとLMWH(低分子量ヘパリン)を直接比較した質の高い研究はありませんが、アスピリンにLWMHを追加しても治療成績は有意に改善しませんでした。また、低用量アスピリンに加えてプレドニゾンを投与された女性でも、流産に関してもメリットはありませんでした。
もう一つの稀な治療法は、免疫グロブリンの静脈内投与(IVIG)です。一般的にIVIGは、従来の治療法が奏功しなかった少数の患者に使用されるため、その真の効果を評価することは困難です。ある無作為化比較試験では、ヘパリンとアスピリンにIVIGを追加しても効果がないとされ、メタアナリシスでも同様にIVIGはヘパリン+アスピリンより劣ると結論づけられています。原因不明の反復流産の女性に対して、抗凝固療法を勧める医療機関もありますが今までの報告では抗凝固療法のメリットはないとされています。アスピリンにヘパリンを追加しても、アスピリン単独と比較して治療成績は改善しませんし、LMWHをプラセボと比較しても出生率は改善しませんでした。
これらのことから反復流産後の血栓症スクリーニングは、抗リン脂質抗体症候群の検査に限定すべきです。さらに、反復流産を予防するための抗凝固療法は、原因不明の反復流産患者だけでなく、遺伝性血栓性素因の患者でも避けなければなりません。ヘパリンとアスピリンは、後天性血栓症の患者が反復流産を発症した場合に、エビデンスに基づく唯一の治療法です。
⑥まとめ
反復流産に関与する免疫学的因子
母体の免疫系の調節不全は、受精胚の着床とそれに続く胎盤形成に悪影響を及ぼします。
母体免疫系の不均衡には、一般的に2つのタイプがあります。
- 活性化の欠如で母体・胎児の免疫寛容にネガティブに働き、受精胚の着床や胎盤形成が損なわれます
- 過剰な活性化は子宮環境の炎症が亢進し、胚栄養膜細胞が損傷している場合
今後、臨床結果をふまえて検討していかなくてはいけないのは以下です。
- KIRおよびHLA-C
- 自己免疫パネル:不妊着床に特化した免疫検査を集めた検査
血栓症と反復流産
母体の免疫系の調節不全は、受精胚の着床や胎盤形成に悪影響を及ぼします。これは、母体-胎児の免疫寛容につながるシグナルの活性化が不足しているか、または炎症性の子宮環境の増加に伴う過剰な活性化により、胚栄養膜細胞に損傷を与える可能性があります。血栓症に起因する反復流産は、主に後天性血栓症によるものであるため、スクリーニングや治療は抗リン脂質抗体症候群を中心に行う必要があります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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