男性不妊の原因は多岐にわたります。一般論として、過度なストレスはできるだけ避けたほうが望ましく、実臨床においても「ストレスが影響して精液検査の結果が悪化したのではないか」と考えられるケースにしばしば遭遇します。一方で、ストレスはその内容や程度が人によって大きく異なり、客観的な評価が難しい要因でもあります。そのため、ストレスと精液所見との関連については、研究によって結果が必ずしも一致していません。
本論文では、ストレスの評価に「知覚されたストレス尺度(Perceived Stress Scale、PSS)」という質問票が用いられています。PSSは、ストレスフルな経験の中心的構成要素とされる「生活状況における予測不可能性」「統制不可能性」「過重負担感」といった要素について、10項目の質問から評価する尺度です。
PSSの特徴は、ストレスを包括的に捉える点にあります。これは、特定のライフイベントや日常的な苛立ち(いわゆるハッスルズ)といった個別の出来事に対する反応を評価するのではなく、個人の生活や経験の全体を通して感じられているストレスの程度を評価する方法です。このような包括的なストレス評価は、個人差の大きいストレスを比較的安定して測定できる点が利点とされています(鷲見克典,2006)。
今回ご紹介する論文
Perceived stress and semen quality.
Lund KH, ほか. Andrology. 2023 Jan;11(1):45-53. doi: 10.1111/andr.13301. PMID: 36151857.
研究の概要
この研究の背景として、生殖年齢にある男性は心理的ストレスを抱えていることが多いことがあります。また、疫学調査で精液所見の評価することは、データ収集が高価で面倒なためしばしば容易ではなく、知覚されたストレスの精液所見への影響を評価する研究の結果は一貫性がなかったことがあり、この研究が行われました。
本研究の目的は、知覚されたストレスと精液の質との関連性を検討することです。
研究の対象と方法は以下の通りです。2015~2021年の間に行われた2つの前向き妊娠前コホート研究:Pregnancy Study Online(PRESTO)の592名とSnartForaeldre.dk(SF)の52名の男性644名(精液1159サンプル)のベースラインのデータを解析に用いました。研究参加の時に、不妊治療なしで妊娠を試みる21歳以上(PRESTO)および18歳以上(SF)の男性に、生殖歴および病歴、社会人口統計学的項目、ライフスタイル、10項目版の知覚ストレス尺度(PSS:得点の四分位範囲(IQR):0-40)について解答してもらいました。登録後(週数中央値:2.1、IQR:1.3-3.7)、男性には、Trak®男性不妊検査システムを用いて、7-10日の間隔をあけて2回、自宅での精液検査を行ってもらいました。精液検査の項目(パラメータ)は、精液量、精子濃度、総精子数も用いました。一般化線形回帰モデルを用いて、潜在的な交絡因子を調整し、4つのPSS群(<10、10-14、15-19、≥20)における精液パラメータの平均値の差を評価しました。
結果は以下のようになりました。PSSスコアの中央値(およびIQR;値を4分割した中央の二つ)は15(10-19)、PSSスコア≧20の男性は136人(21.1%)でした。PSSスコアが20以上の男性と10未満の男性を比較すると、調整後の平均値の差(パーセント)は、精液量が-2.7%(95%CI: -9.8; 5.0)、精子濃度が+6.8%(95%CI: -10.9; 28.1)、総精子数が+4.3%(95%CI: -13.8; 26.2)でした。いずれも有意な差ではありませんでした。
結論として、この研究結果からは、ストレスの自覚と精液量、精子濃度、総精子数のいずれとも関連しないことが示されました。
筆者の意見
「知覚されたストレス」という言葉は、あまり聞き慣れない尺度かもしれません。私自身も、これまであまり意識して考えたことはありませんでしたが、かなり大まかに言えば、「自分の生活を自分の思うようにコントロールできていると感じているかどうか」を本人がどのように捉えているかを評価する指標と考えることができます。
このような指標を用いて評価した結果、本研究では知覚されたストレスと精液所見との間に明確な関連は認められませんでした。ただし、本研究で用いられた精液検査は自宅で実施されたものであり、評価項目は精液量や精子数に限られています。精子運動率や総運動精子数といった、より妊孕能と関係の深い指標については評価されていません。
過去の研究として、阪神・淡路大震災の際に行われた報告では、自宅が損壊するなど深刻な被害を受けた男性において、精子運動率の低下が認められた一方で、精子数には変化がなかったことが示されています(Fukuda M et al., Human Reproduction, 1996)。このような強い急性ストレスの影響は、今回の研究デザインでは十分に評価できていない可能性があります。
さらに、本研究の対象者は、総精子数の平均が165×10⁶と比較的良好な集団であり、もともと男性不妊症の方を対象とした研究ではありません。この点からも、結果の解釈には注意が必要です。
なお、この質問票は公開されており、誰でも自己評価として試すことができます。参考までに、筆者自身のスコアは10点以下であり、この尺度で評価される範囲のストレスは低く、自分なりに生活をコントロールできていると感じていることになるようです。
用語知覚されたストレス尺度(Perceived Stress Scale、American Sociological Association 1983)の原文と日本語訳(鷲見克典、健康心理学研究2006年19巻2号p. 44-53)
各項目で、最近1ヶ月について
0 – 全くない 1 – ほとんどない 2 – 時々ある 3 – かなり頻繁にある 4 – 非常に頻繁にあると点数をつける。
- In the last month, how often have you been upset because of something that happened unexpectedly? (予想もしなかった目にあってうろたえた)
- In the last month, how often have you felt that you were unable to control the important things in your life? (大事なことを自分の思うようにできないと感じた)
- In the last month, how often have you felt nervous and “stressed”? (神経質になり、“ストレス”を感じた)
- In the last month, how often have you felt confident about your ability to handle your personal problems? (自分の個人的な問題を自分でかたづける能力に自信をもった)
- In the last month, how often have you felt that things were going your way? (自分がものごとを思うようにコントロールできていると感じた)
- In the last month, how often have you found that you could not cope with all the things that you had to do? (自分がしなければならないことすべてに応じきれていないと感じた)
- In the last month, how often have you been able to control irritations in your life? (いらだたしいことを自分の思うようにすることができた)
- In the last month, how often have you felt that you were on top of things? (いろいろなことが自分の思い通りにはこんでいると感じた)
- In the last month, how often have you been angered because of things that were outside of your control? (自分の思い通りにならない出来事に怒りをおぼえた)
- In the last month, how often have you felt difficulties were piling up so high that you could not overcome them? (難しい問題が山積みになっていて,解決できないと感じた)
第4問、第5問、第7問、第8問の点数を逆にする;
次のように点数を変える;0 => 4、1 => 3、2 => 2、3 => 1、4 => 0
合計点数が
0~13の場合は、低ストレス
14~26の場合は、中程度のストレス
27~40の場合は、高ストレス
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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