はじめに
ヒト卵子は原始卵胞の直径35μmから始まり、排卵時には直径が約110~120μmとなります。この成長過程において、どの段階でどのように大きくなるのかは興味深い問題です。今回ご紹介する研究は、卵巣組織を用いて3mm以下の小さな卵胞から採取した卵子のサイズ、ならびに周囲に付着する卵丘細胞複合体の大きさを測定した報告です。興味深いことに、卵胞がまだ小さい段階から、卵子のサイズがすでに排卵時期のサイズに達していることが明らかになりました。
ポイント
IVM(体外成熟)により成熟卵子へと移行した卵子では、卵子の直径が大きく、周囲の卵丘細胞層が厚いことが多いことが判明しました。これは卵子の成熟能と卵丘細胞複合体の状態の関連性を示唆しており、卵胞刺激前の卵子卵丘細胞複合体の質が、最終的な成熟卵子の獲得に影響していることが考えられます。
引用文献
S E Pors, et al. J Assist Reprod Genet. 2022 Oct;39(10):2209-2214. doi: 10.1007/s10815-022-02602-0.
論文内容
卵巣組織凍結保存による妊孕性温存を受けている75名の女性(14~41歳)から、未成熟卵子1,563個を収集しました。髄質に含まれる3mm以下の小さな卵胞から未熟卵子を採取し、標準的な方法に従ってIVMを実施して44時間後に評価しました。
患者背景は多岐にわたります。乳がん33名、血液がん11名、消化器がん7名、中枢神経系がん5名、良性疾患6名、その他6名、骨肉腫と肉腫5名、婦人科がん2名であり、平均年齢は26.7歳(範囲:14~40.9歳)でした。
卵丘細胞複合体は3つのグループに分類されました。裸卵子(卵丘細胞がない)、小卵子卵丘細胞複合体(卵丘細胞が3~10層)、大卵子卵丘細胞複合体(卵丘細胞が10層以上)です。卵子の大きさの測定では透明帯は含めていません。
結果
1,563個の卵子の平均直径は115μm(標準偏差:12.1、四分位範囲107~124μm)で、範囲は60~171μmでした。
IVM後の卵子成熟段階は以下のとおりでした。MII(第2減数分裂中期)489個(31%)、MI(第1減数分裂中期)307個(20%)、GV(胚胞)469個(30%)、変性298個(19%)。
卵丘細胞複合体の分布は、大卵子卵丘細胞複合体618個(40%)、小卵子卵丘細胞複合体597個(38%)、裸卵子348個(22%)でした。
測定された310個の卵子卵丘細胞複合体のうち、大卵子卵丘細胞複合体は149個で平均直径493μm(範囲223.6~834.4μm)、小卵子卵丘細胞複合体は161個で平均直径249μm(範囲161~536μm)でした。
卵子直径とMII率の間に正の相関が認められました(p < 0.001)。MII卵子はMI、GV、変性卵子よりも平均直径が有意に大きく、卵丘細胞の大きさはMII期(p < 0.001)および卵子径(p < 0.001)と有意に関連していました。
私見
この研究から得られる知見は、卵巣刺激前の卵子卵丘細胞複合体の状態が、最終的な成熟卵子の獲得に重要な影響を与えることを強く示唆しています。
興味深いことに、従来から報告されていた「年齢が上がるに連れて卵子が小さくなる」という現象の再現性は、この研究では確認されませんでした。また、BMI上昇に伴う卵子サイズの変化についても十分な検証ができなかったようです。妊孕性温存を目指す患者診療において、年齢やBMIだけではなく、卵子自体の質的評価がより重要である可能性を示唆する結果と言えます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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