
はじめに
子宮内膜症患者は卵巣予備能が低下し、調節卵巣過刺激における卵巣反応が悪化することが知られています。卵巣反応不良(POR)は従来、ART成績の予後不良因子とされてきましたが、近年、子宮内膜症患者においてPORが必ずしも累積出生率の低下を予測しないという報告が注目されています。本研究では、子宮内膜症患者のPORがART成績、特に累積出生率に与える実際の影響を検討した報告をご紹介いたします。
ポイント
子宮内膜症患者において、卵巣反応不良割合が高いものの、患者あたりのARTを繰り返した際の累積出生予後には影響を与えないことがわかりました。
引用文献
Qiaomei Zheng, et al. J Assist Reprod Genet. 2025 Sep 18. doi: 10.1007/s10815-025-03661-9.
論文内容
子宮内膜症患者におけるIVF/ICSI-ET治療において、卵巣反応不良(POR)が出生予後に与える影響を評価することを目的とした研究です。患者は子宮内膜症群(n=55)と卵管因子群(n=107)の2群に分けられました。主要評価項目には、臨床妊娠率、胚移植周期あたりの出生率、累積出生率が含まれ、副次評価項目として調節卵巣過刺激結果と受精胚パラメータが評価されました。累積出生率は患者あたりの出生率として定義され、新鮮受精胚移植周期とその後の凍結融解受精胚移植周期を合わせた患者単位での評価です。卵巣刺激にはアンタゴニスト法とリコンビナントFSH(150-300 IU/日)が使用され、受精胚は子宮内膜の準備状況に応じて新鮮(Day3)または凍結(Day5)で移植され、凍結移植はホルモン調整周期で実施されました。
結果
子宮内膜症群ではPORの発生率が高くなりました(18.9% vs. 5.60%, P<0.05)。同様に、回収卵子数、Day3良好胚数、利用胚数は子宮内膜症群で少ない結果でした(P<0.05)。しかし、移植周期あたりの臨床妊娠率、移植周期あたりの出生率、累積出生率は両群で差はありませんでした(P>0.05)。子宮内膜症患者においてPORの存在は累積出生率に有意な影響を与えませんでした。
1回採卵後の累積出生率:子宮内膜症群49.09% vs 対照群63.55%
2回採卵後の累積出生率:子宮内膜症群58.18% vs 対照群71.02%
3回採卵後の累積出生率:子宮内膜症群63.64% vs 対照群71.96%
最終累積出生率(total):子宮内膜症群65.45% vs 対照群73.83%
子宮内膜症群では平均1.65回、対照群では1.33回の採卵が行われており、複数回の採卵・移植サイクルを通じた患者あたりの最終的な出生成功率を評価しています。
私見
PORが存在しても患者年齢(aOR 0.813, 95%CI 0.672-0.985, P=0.034)のみが累積出生率の独立因子であることがわかりました。
子宮内膜症がART成績に悪影響を与えるとする報告:
- Boucret L, et al. J Clin Med. 2020 – 子宮内膜症は移植可能受精胚数を減少させることで累積出生率を低下させるが、受精胚の品質には影響しない
- Hamdan M, et al. Hum Reprod Update. 2015 – 子宮内膜症がIVF/ICSI成績に悪影響を与える
- Shebl O, et al. Acta Obstet Gynecol Scand. 2017 – 重度子宮内膜症で治療成績が悪化
子宮内膜症でもART成績に大きな影響がないとする報告:
- Yang X, et al. BJOG. 2016 – 卵巣反応不良を伴う子宮内膜症患者でもART成績に悪影響はなし
- Robin C, et al. Reprod Biol Endocrinol. 2021 – ARTにおける胚への子宮内膜症の影響は限定的
文責:川井清考(WFC group CEO)
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