
はじめに
絨毛性疾患(GTD)は、胞状奇胎や絨毛癌絨毛性腫瘍など様々あります。GTDは生殖年齢女性に多く見られ、多くの症例は化学療法や手術により治癒可能ですが、子宮内容除去術による子宮内膜基底層の損傷や化学療法による卵巣機能低下などが女性の妊孕性に悪影響を与える可能性があります。今回、GTD既往女性の生殖医療予後を対照群と比較したレトロスペクティブコホート研究をご紹介します。
ポイント
絨毛性疾患既往女性の生殖補助医療において、臨床妊娠率や出生率は対照群と有意差がなく、個別化治療により良好な妊娠予後を期待できます。
引用文献
Rong Wang, et al. J Assist Reprod Genet. 2025. doi: 10.1007/s10815-025-03718-9.
論文内容
GTD既往が生殖補助医療予後に与える影響を評価し、GTD既往女性の妊娠予後に影響を与える潜在的リスク因子をロジスティック回帰分析で解析することを目的としたレトロスペクティブコホート研究です。2018年1月から2023年1月に中国の大学病院生殖医療センターで生殖補助医療を受けたGTD既往27名を研究群とし、GTD既往のない54名を1:2でマッチした対照群として、年齢、BMI、不妊期間、IVFの主要適応症に基づいて選択し、ベースライン特性、胚発生パラメータ、妊娠予後を統計的に比較しました。
患者背景:研究群は24~40歳(32.96±3.579歳)、BMI 18.00~36.10 kg/m²(22.70±4.022)でした。GTDの詳細は、胞状奇胎(HM)24例、侵入奇胎(IHM)3例で、治療法は胞状奇胎除去術単独が22例、除去術+化学療法併用が5例(5-フルオロウラシル2例、メトトレキサート1例、薬剤不明2例)でした。対照群は23~43歳(32.65±4.181歳)、BMI 17.50~29.70 kg/m²(21.77±3.314)でした。
研究群は妊娠歴(2.85±2.429 vs. 0.43±0.716回、p<0.001)と胚移植前の子宮内容除去術回数(1.59±0.747 vs. 0.07±0.264回、p<0.001)が有意に多く、基礎子宮内膜厚が有意に薄い(5.85±1.505 vs. 7.70±2.631 mm、p=0.001)特徴がありました。その他、年齢、BMI、分娩歴、不妊期間、基礎FSH、基礎LH、TSH、AMH、胞状卵胞数(AFC)、主要適応症には有意差がありませんでした。
卵巣刺激と胚発生パラメータ:胚移植日の子宮内膜厚は研究群で有意に薄く(9.69±1.576 vs. 10.53±1.697 mm、p<0.05)、廃棄胚率が有意に高値でした(51.86±27.602% vs. 36.20±28.718%、p<0.05)。ゴナドトロピン開始量、投与期間、総投与量、hCG投与日のE2・P値、回収卵子数率、MII卵子率、受精方法、2PN率、高品質Day3胚率、胚盤胞形成率、移植胚タイプ、移植胚数には有意差がありませんでした。精液パラメータでは、研究群で総精子運動率(PR+NP)が有意に高値でした(47.23±12.590% vs. 38.16±16.225%、p<0.05)が、DNA断片化率と精子濃度には有意差がありませんでした。
妊娠予後:臨床妊娠率(70.37% vs. 72.22%、p=0.862)と出生率(73.68% vs. 79.49%、p=0.619)は両群間で同等でした。流産率(15.79% vs. 20.51%、p=0.667)、早産率(10.53% vs. 15.38%、p=0.615)、新生児出生体重(3235.71±488.888 vs. 3126.45±543.627 g、p=0.524)にも有意差はありませんでした。着床率、継続妊娠率、分娩週数、帝王切除率、過去の胚移植失敗回数、総IVF周期数、卵巣刺激周期数、胚移植回数、胚移植失敗回数においても統計学的有意差は認められませんでした。
多変量ロジスティック回帰分析でも、GTD既往自体や他の臨床パラメータは妊娠予後に影響を与える独立したリスク因子ではないことが確認されました(p>0.05)。
私見
研究群で総精子運動率が有意に高値(47.23% vs. 38.16%)であったことは、GTDに関連する異常受精過程と関連するのでしょうか。
胞状奇胎の発症機序として、完全奇胎では父系ゲノムの重複(約90%が空虚卵への単一精子受精後の重複、約10%が空虚卵への2精子受精)、部分奇胎では三倍体核型(単一卵への2精子受精または単精子受精後のDNA重複)があります(Fisher RA, et al. Hum Genet, 1989; Lawler SD, et al. Am J Obstet Gynecol, 1991)。胞状奇胎の再発リスクは約1%と報告されていますが(Bruce S, et al. StatPearls, 2023)、ICSI技術による異常受精回避により再発リスクが下がる可能性も十分に考えられます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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