体外受精

2020.09.03

着床前検査は妊娠時のhCG低下や周産期予後に影響を与えるの?( Fertil Steril. 2020)

はじめに

妊娠時のhCGは胎盤になる部分のtrophectodermの細胞数が重要とされています。着床前検査では現在はtrophectodermの一部を採取して検査を行うため受精胚への侵襲や周産期予後が懸念されていました。それに対して861名と比較的大きい症例数で比較した論文をご紹介いたします。

ポイント

着床前検査による生検は着床初期の血中β-hCG値を低下させる可能性があるものの、周産期リスクの増加にはつながらなかったことを示した研究です。妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの合併症、新生児奇形などの周産期転帰について両群間に差はありませんでした。

引用文献

Man-Man Lu, et al. Fertil Steril. 2020 DOI: 10.1016/j.fertnstert.2020.05.015.

論文内容

着床前検査(PGT)を実施した凍結融解単一胚移植383名396周期(31.4±4.1歳)、通常体外受精(対照群)の凍結融解胚移植353名465周期(31.7±4.2歳)のうち、妊娠した女性の胚盤胞移植後12日目(4w3d)の血中β-hCG値と臨床妊娠の周産期転帰を調べました。

結果

臨床妊娠に至った凍結融解胚移植後12日目(4w3d)の血中β-hCG値はPGT群で平均値703.10(中央値569.63)mIU/mL、対照群の平均値809.20(中央値582.00)IU/mLよりも低いという結果になりました。出生児の胎児週数、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの合併症、新生児奇形などの周産期転帰については、両群間に有意な差は認められませんでした。着床前検査(PGT)による生検は着床初期の血中β-hCG値を低下させる可能性がありますが、周産期リスクの増加にはつながりませんでした。

私見

ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の血中濃度は、妊娠の予後を予測する上で重要な役割を果たしています。hCGは主に栄養膜合胞体層(PGTで生検する細胞が分化した細胞層)によって産生されるため、理論的には生検により細胞数が減少することで血中hCGのレベルに影響を与える可能性があります。
細胞数(10細胞以上)を採取しすぎるとhCG分泌量は明らかに減少したり、妊娠率に影響を及ぼすという報告もあります。
この論文では、着床前検査(PGT)による生検は着床初期の血中β-hCG値を低下させる可能性を示しています。確かに移植方法がホルモン調整周期と排卵周期の割合は、PGT群と対照群で少し異なりますが、許容できる範囲なのではないかと考えています。何より大事なのは「着床前検査を実施しhCGが低下したとしても周産期転帰の悪化はないこと」だと思います。
他の報告(Jingら)では、凍結融解胚移植を伴う胚盤胞期胚trophectoderm生検を用いた周産期予後を、新鮮胚移植を伴う分割期胚割球生検と比較しています。凍結融解胚移植を伴う胚盤胞期胚trophectoderm生検は新鮮胚移植を伴う分割期胚割球生検に比べて妊娠高血圧症候群の頻度が上昇しましたが、新生児予後は良好でした。ただし、この論文では生検時期の違いや新鮮胚移植と凍結融解胚移植の違いなどの周産期予後に影響を強く与えるバイアスがありました。
現在までPGTによる周産期予後の報告は、①差がない(Heらの1721名の報告)、②妊娠高血圧症候群・子癇前症が増える(Zhangらの357名の報告)、の2報のみで、今回の報告を踏まえても胎児への影響がなさそうです。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# hCG

# 着床前遺伝学的検査(PGT)

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# 凍結融解胚移植

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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