はじめに
子宮卵管造影検査(HSG)は、不妊症女性の卵管開通性を評価する標準的な検査です。近年、HSGが診断目的だけでなく、特に油性造影剤使用時に継続妊娠率を向上させることが明らかになっています。しかし、油性造影剤はヨード含有量が多く(480mg/ml)、水溶性造影剤(240-300mg/ml)より胎児への影響が懸念されています。東アジアの研究では先天性甲状腺機能低下症のリスク増加が報告されており、オランダのグループがヨーロッパ人口での安全性を検証しました。
ポイント
妊娠前HSGでヨード性造影剤を使用しても、油性・水溶性に関わらず新生児甲状腺機能に大きな影響を与えません。
引用文献
van Welie N, et al. Hum Reprod. 2020;35(5):1159-1167. doi: 10.1093/humrep/deaa049.

論文内容
妊娠前のHSGでヨード性油性造影剤への曝露が、ヨード性水溶性造影剤と比較して新生児甲状腺機能に影響を及ぼすかを調査することを目的としたレトロスペクティブコホート研究です。本研究は、不妊症検査中にHSGで油性造影剤vs水溶性造影剤を比較したランダム化比較試験(H2Oil study)の後方視的データ解析として実施されました。油性造影剤使用後6ヶ月以内に継続妊娠し出産に至った女性214名と、水溶性造影剤使用後の女性155名を対象としました。
参加者・材料・設定・方法では、出産に至った369名の女性のうち、208名が将来の研究への参加に同意し、138名が子供の甲状腺機能検査データ収集への同意を提供しました(n=140)。これらの子供の甲状腺機能検査結果を、すべての新生児でのT4評価、T4レベルが≤-0.8 SD scoreの場合のみTSH測定を含むオランダの新生児スクリーニングプログラムから取得しました。さらに、使用した造影剤量とHSGから妊娠までの時間を2群間で比較しました。
結果
油性造影剤(n=76)または水溶性造影剤(n=64)使用後に妊娠した140名の新生児からデータを収集しました。T4濃度中央値は、油性群で87.0 nmol/l [76.0-96.0]、水溶性群で90.0 nmol/l [78.0-106.0]でした(P=0.13)。先天性甲状腺機能低下症の陽性スクリーニング結果を示した新生児はいませんでした。使用した造影剤量の中央値は、油性群で9.0 ml [IQR、6.0-11.8]、水溶性群で10.0 ml [IQR、7.5-14.0]でした(P=0.43)。T4濃度に対する造影群の効果について、造影剤量の影響は認められませんでした(交互作用のP値、0.37)。
私見
本研究は、ヨーロッパ人口における初の大規模研究として重要な知見を提供しています。日本の先行研究では、油性造影剤使用後の先天性甲状腺機能低下症リスクが2.4%(正常人口の0.7%と比較)と報告されており(Satoh M, et al. Horm Res Paediatr, 2015)、胎児甲状腺腫の症例報告もあります(Omoto A, et al. J Clin Endocrinol Metab, 2013; Sasaki Y, et al. Ultrasound Obstet Gynecol, 2017)。しかし、これらの研究は全て東アジア人口に限定されており、海藻類などヨード含有食品の摂取量が多い背景があります。
日本の妊婦のヨード摂取量は世界保健機関推奨の約3-4倍とされ、先天性甲状腺機能低下症の背景リスクも日本では0.7%、オランダでは0.05%と大きく異なります。過剰なヨード摂取はWolff-Chaikoff効果により甲状腺ホルモン合成を一時的に抑制し、長期曝露では持続的抑制を引き起こす可能性があります。胎児甲状腺は妊娠第2期から機能開始するため、初期胚発育は完全に母体甲状腺ホルモンに依存しており、母体甲状腺機能低下が胎児脳発育に影響する可能性が示唆されています(Craig WY, et al. J Clin Endocrinol Metab, 2012; Henrichs J, et al. J Clin Endocrinol Metab, 2010)。
本研究の制限として、比較的小さなサンプルサイズ、フォローアップでの脱落、HSG後および妊娠中の母体甲状腺機能評価の欠如があげられます。間接的な神経発達への影響(母体甲状腺ホルモン合成阻害を通じた)は除外できないため、さらなる研究が必要です。しかし、現時点では不妊女性にHSGでの油性造影剤使用を控える理由はなく、使用造影剤量を可能な限り少なくすることが推奨されます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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