はじめに
近年、凍結融解胚移植(FET)は生殖補助医療の中核を成しており、その子宮内膜調整法には自然排卵周期(NC-FET)とホルモン調整周期(HRC-FET)があります。従来、両者の妊娠率に大きな差はないとされていましたが、妊娠中の母児の安全性については十分に検討されていませんでした。今回、日本産科婦人科学会のARTオンライン登録データを用いた大規模な後方視的コホート研究により、子宮内膜調整法と周産期合併症の関連について明らかにした重要な研究をご紹介いたします。
ポイント
ホルモン調整周期による凍結融解胚移植は、自然排卵周期と比較して帝王切開、過期産、妊娠高血圧症候群、癒着胎盤のリスクが高く、妊娠糖尿病のリスクが低くなることが示されました。
引用文献
Saito K, et al. Hum Reprod. 2019;34:1567-1575. doi:10.1093/humrep/dez079.
Saito K, et al. J Assist Reprod Genet. 2017;34:465-470. doi:10.1007/s10815-017-0869-7.
論文内容
本研究は、2014年の日本生殖補助医療登録データベースを基に、ホルモン調整周期による凍結融解胚移植(HRC-FET)と自然排卵周期による凍結融解胚移植(NC-FET)で妊娠した患者の周産期予後を比較検討したレトロスペクティブコホート研究です。NC-FET群29,760例、HRC-FET群75,474例を対象とし、妊娠合併症について多変量ロジスティック回帰分析を用いて解析しました。
結果
HRC-FET群では妊娠率(32.1% vs 36.1%)および妊娠における出生率(67.1% vs 71.9%)がNC-FET群と比較して有意に低くなりました。多変量ロジスティック回帰分析の結果、HRC-FET後の妊娠では、NC-FET後の妊娠と比較して妊娠高血圧症候群(調整オッズ比1.43;95%CI 1.14-1.80)および癒着胎盤(調整オッズ比6.91;95%CI 2.87-16.66)のリスクが有意に増加し、妊娠糖尿病(調整オッズ比0.52;95%CI 0.40-0.68)のリスクが有意に減少しました。
また、別の解析では、HRC-FET群において過期産(0.2% vs 1.3%)および帝王切開(33.6% vs 43.0%)の頻度がNC-FET群と比較して有意に高く、多変量解析でも過期産(調整オッズ比5.68;95%CI 3.30-9.80)および帝王切開(調整オッズ比1.64;95%CI 1.52-1.76)のリスクが有意に高いことが示されました。
私見
今回の大規模研究により、子宮内膜調整法が周産期合併症に与える影響が初めて明確に示されました。HRC-FETでは妊娠高血圧症候群や癒着胎盤といった重篤な合併症のリスクが増加する一方で、妊娠糖尿病のリスクは減少するという興味深い結果が得られています。
これらの知見は、先行研究とも一致しています。例えば、Wennerholm et al.(Hum Reprod, 2013)はFETにおける異常な胎盤形成や高血圧疾患のリスク増加を報告しており、Opdahl et al.(Hum Reprod, 2015)も同様の所見を示しています。一方、Kaser et al.(Fertil Steril, 2015)は凍結胚移植が癒着胎盤の独立したリスク因子であることを報告しており、今回の結果と合致します。
妊娠糖尿病リスクの減少については、Ashrafi et al.(Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol, 2014)がプロゲステロン使用を妊娠糖尿病の重要なリスク因子として報告していることから、ホルモン調整周期における薬剤投与パターンの違いが影響している可能性があります。
これらの結果は、HRC-FETとNC-FETが異なる周産期リスクプロファイルを有することを示しており、治療選択時にはこれらのリスクを十分に考慮し、患者に対する適切なカウンセリングと周産期管理が必要であることを示唆しています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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