はじめに
反復着床不全や反復流産では免疫学的な要因が関与することが注目されており、中でもTh1/Th2細胞バランスの破綻が重要な役割を果たすとされています。タクロリムスは免疫抑制剤として臓器移植患者に使用されてきましたが、近年、Th1/Th2比が高値を示す不妊症患者への応用が報告されています。しかし、妊娠前後のタクロリムス投与が母体や新生児に与える影響についての詳細な検討は限られており、その安全性の確認が重要となります。
ポイント
反復着床不全や反復流産で血清Th1/Th2比が10.3以上の女性において、タクロリムス治療は周産期および新生児の合併症に関連せず安全性が示されました。
引用文献
Nakagawa K, et al. Am J Reprod Immunol. 2019;82:e13142. doi: 10.1111/aji.13142.
論文内容
反復着床不全または反復流産でTh1/Th2比が10.3以上を示した109名の女性を対象とした前向き観察研究です。妊娠前後にタクロリムス1-4mg/日を投与し、出産に至った症例の周産期予後および新生児の神経運動発達を評価しました。
結果
109名の女性から113名の新生児が誕生し(4組の双胎妊娠を含む)、双胎を含む9例(8.3%)が早産となりました。妊娠高血圧症候群などの周産期合併症は2名(1.8%)に認められ、先天異常を有する新生児は1名(0.9%)でした。タクロリムスの投与量による出生体重、胎盤重量、臍帯血中リンパ球割合に差は認められませんでした。母体血漿中のタクロリムス濃度は妊娠中を通じて安定しており、臍帯血からもタクロリムスが検出されましたが、その濃度は母体血よりも低値でした。新生児の神経運動発達評価では、35名中すべての児が6カ月以内に頭部挙上・保持が可能となり、10カ月以内に支えなしで座位が可能となりました。歩行については33名が14カ月以内、全例が18カ月以内に独歩可能となりました。二語文については34名が24カ月以内、残り1名も28カ月で可能となり、一般集団と比較して神経運動発達に遅れは認められませんでした。
私見
この研究は、反復着床不全や反復流産に対するタクロリムス治療の周産期安全性を検討した初の報告として非常に価値が高いものです。臓器移植患者での妊娠におけるタクロリムスの安全性は確立されていますが(Jain AB, et al. Transplantation. 2004、Nevers W, et al. Can Fam Physician. 2014)、健常女性の不妊治療における使用については本研究が先駆的な報告となります。特に注目すべきは、平均年齢36歳、体外受精による妊娠が86%を占めるハイリスク群にも関わらず、周産期合併症率が極めて低いことです。これはタクロリムスの免疫調整作用が妊娠維持のみならず、周産期合併症の予防にも寄与している可能性を示唆しています。神経運動発達においても日本の標準値と比較して遅延は認められず、胎児期のタクロリムス曝露による長期的な影響は認められませんでした。ただし、著者らも指摘するように、より大規模な研究による安全性の確認が今後必要と考えられます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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