論文の紹介
生殖医療専門施設で診断された精索静脈瘤の治療成績
(その1 精索静脈瘤についての一般的なこと、およびこの研究の背景)
柴田裕貴、小宮顕、川井清考ほか
日本受精着床学会雑誌40(2): 192-199, 2023
この論文は、当クリニックのデータベースを用いて、千葉大学大学院医学研究院泌尿器科学の柴田裕貴先生がまとめてくれたものです。日本受精着床学会雑誌に掲載されましたので、少し詳しく3回にわたってご紹介いたします。
まず、1回目はこの研究の背景からお話しいたします。
不妊の男性因子で最も多いのは特発性ですが、診断される原因として最も多い疾患が精索静脈瘤です。精索静脈瘤は健常人の15%くらいにも認め、健康を害するようなものではないとされていますが、男性不妊では3-4割、二人目以降の子供ができないような男性の場合は7-8割にあるとされています。精索静脈瘤があると持続的に精巣がダメージを受け、男性の生殖機能低下を招くことになります。
基本的な病態としては、精巣から出ていく静脈が太く拡張していて、外部からこぶのようにみえるようになる場合もあります。静脈は通常弁があって、血液は体の端から心臓に向かって一方通行なのですが、精索静脈瘤では、逆流が起きています。そのため、血液がうまく流れなかったり、腹部の高い温度の血液が精巣付近に戻ってきてしまい、精巣の温度を上昇させてしまったりします。病態はこれだけではないのですが、基本的に逆流してきているということが問題です。陰嚢はシワシワで自動車のラジエーターのように精巣の温度を下げる働きがありますが、これがうまく働かなくなってしまいます。精巣での精子形成には体温よりも低い温度がよいので、温度上昇が精液所見を悪化させたり、不妊症の原因になってしまうとされています。精子数が減ったり精子の運動率が低下したりするだけでなく、精子DNA断片化や精液の酸化ストレスを引き起こす原因にもなります。
治療は、血液が逆流してこないように静脈を縛ってしまう手術が基本です。そうすることによって、7割程度の方で精液所見が改善し、妊娠率も有意に改善するとされています。手術しない場合の1年後までの自然妊娠率が17%程度であるのに比べ、手術した場合の妊娠率は3-4割と言われています。しかしながら、生殖医療技術が進歩し、不妊カップルの年齢が高い我が国において、術後に自然経過をみていくだけというよりも、人工授精や体外受精を行うことも多くなってきています。手術を担当する泌尿器科医師が手術の成績を評価するときには、どうしても精液検査所見の改善をみることが多くなってしまうのと、最終的に生児獲得したかどうかまでは把握するのが難しいのが現実です。
この論文では、顕微鏡下精索静脈瘤手術を行った後の経過を、精液所見の変化、女性側の治療の変化、また、最終的な目標である生児獲得の状況まで解析することを目的に実施されました。
次回から、その結果をご紹介します。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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