研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
妊娠を計画している北米のカップルを対象とした、精液所見と生殖機能(受胎能)に関する前向き研究
英語タイトル
A prospective study of semen quality and fecundability among North American couples planning pregnancy
Lovett SM, 他. Andrology. 2026 Jan;14(1):184-195. PMID: 40646671.
はじめに
男性不妊診療において精液検査は最も基本的な評価項目であり、世界的には WHOの示した基準値が広く用いられています。しかし、これらの基準値は不妊かどうかを明確に分けるカットオフ値ではなく、あくまで集団における参照値であると位置づけられています。
これまでの研究では、精液所見と妊娠成立までの期間(time to pregnancy)との関連が検討されてきましたが、多くは後ろ向き研究や、不妊治療を受けている集団を対象としたものでした。また、用いられる精液所見の定義やカットオフ値も研究ごとに異なり、最新のWHO基準(2021年版)を用いて、妊娠を計画している一般集団を前向きに追跡した研究は限られていました。
本研究は、北米の妊娠前カップルを対象とした前向きコホート研究において、2021年WHO基準に基づく精液所見と、1周期あたりの妊娠成立確率である「受胎能」との関連を検討しています。すなわち本論文は、WHOが示す精液検査の基準値が、実際の妊娠成立という臨床的に重要なアウトカムとどの程度対応しているのかを検証した研究と位置づけることができます。
研究のポイント
妊娠を計画する北米カップルを対象とした前向き研究で、精液所見と受胎能の関係を検討しています。
WHOの基準での精子濃度、総精子数、総運動精子数の低下は、妊娠成立までの期間延長と関連していました。
精液所見は完全な指標ではないものの、男性因子が妊孕性に重要であることを改めて示した研究です。
研究の要旨
背景
精液の質を、最新の臨床的に妥当な定義を用いて評価し、かつ受胎能(1周期あたりの妊娠成立確率)との関連を前向きに検討した研究は限られています。
目的
精液所見と受胎能との関連を検討することを目的としました。
対象および方法
北米の妊娠前コホート研究である Pregnancy Study Online(PRESTO)に参加した、21歳以上の男性763名を対象に、前向きに収集したデータを解析しました。参加者は在宅用精液検査デバイスを用いて、精液量、精子濃度、運動精子濃度を測定しました。妊娠成立の有無は、最大12周期まで、または妊娠成立まで追跡しました。2021年WHO基準に基づく精液所見の低下と受胎能との関連について、交絡因子を調整した解析を行いました。
結果
解析の結果、12周期以内に80.7%のカップルが妊娠に至りました。精子濃度低下、総精子数低下、総運動精子数低下は、受胎能の低下と関連していました。一方、精子運動率の低下は受胎能と明確な関連を示しませんでした。精液量が少ない場合には、受胎能がむしろ高いという結果が得られました。
結論
WHO基準で「不十分」とされる精液所見は、受胎能の低下と関連する可能性が示されました。
# WHO 2021基準に基づく「不十分な精液所見」の定義
本研究では、精液検査の各のパラメータについて以下を低値(suboptimal)と定義しています。
- 精液量 ≤ 1.5 mL
- 精子濃度 ≤ 16 ×10⁶/mL(1600万/mL)
- 精子運動率(前進+非前進運動精子の合計)≤ 42%
- 総精子数 ≤ 39 ×10⁶(3900万)
- 総運動精子数(TMSC)≤ 21 ×10⁶(2100万)
私見と解説
WHOが示している精液所見の基準値は、妊孕性の有無を二分する診断カットオフではないと明確に位置づけられています。そのため臨床の場では、「基準値を下回っていても妊娠は成立しうる」「基準値を満たしていても不妊である場合がある」という点を前提に、慎重な解釈が求められてきました。一方で、これらの基準値が妊孕性を評価するうえで、一定の判断材料になりうると考えられてきたのも事実です。
本研究の結果は、そうした臨床医の認識を裏づけるものといえます。2021年WHO基準で「不十分」とされる精子濃度や総精子数、総運動精子数の低下が、実際に受胎能の低下と関連していたことは、WHO基準値が単なる統計的参照値にとどまらず、妊娠成立という実臨床のアウトカムと結びついた意味を持つ指標であることを示しています。今回の論文を通じて、WHOの精液所見の基準値は絶対的な判断基準ではないものの、妊孕性を考えるうえで十分に価値のある指標であることを、改めて認識させられました。
一方、本研究において、精子運動率の低下が単独では受胎能と明確な関連を示さなかったこと、また精液量が少ない場合に受胎能が高くみえたことは、いずれも精液所見を単一の指標で評価することの限界を示していると考えられます。妊孕性の評価においては、精子運動率や精液量そのものよりも、総運動精子数のような「量と質を統合した指標」が、より重要である可能性が示唆されます。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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