はじめに
先進国における不妊症は全カップルの約15%に影響を与えるとされており、男性因子は不妊原因の約50%に関与すると報告されています。近年、西洋諸国では過去40年間で精子数の減少が観察されており、男性不妊に関係する生活習慣因子への関心が高まっています。喫煙や肥満が男性妊孕性に悪影響を及ぼすことは広く知られていますが、アルコール摂取の影響については十分に解明されていません。今回、デンマークと北米の2つの前向きプレコンセプション・コホート研究を統合したデータをもとに、男性のアルコール摂取量と妊孕性(受胎能)との関連を検討した研究をご紹介いたします。
ポイント
デンマークおよび北米カップルのプールデータ解析では、男性のアルコール摂取量と妊孕性低下との間に一貫した関連は認められませんでしたが、デンマーク集団のみでは週6杯以上の摂取で妊孕性がわずかに低下する可能性が示唆されました。
引用文献
Høyer S, et al. Hum Reprod. 2020 Apr 28;35(4):816-825. doi: 10.1093/humrep/dez294.
論文内容
男性のアルコール消費が妊孕性(受胎能)に影響を与えるかどうかを検討することを目的とした前向きプレコンセプション・コホート研究です。デンマークの「SnartForaeldre(SF)」研究(662カップル)と北米の「Pregnancy Study Online(PRESTO)」研究(2017カップル)の2つのコホートのデータを統合して解析しました。対象者は異性の安定したパートナーを持ち、避妊を行わず不妊治療を受けていない方で、SFでは男性18歳以上、PRESTOでは21歳以上が対象となりました。妊娠試みの開始から6周期以内に登録されたカップルに限定し、登録時点で6周期以上妊娠を試みていたカップルは除外されました。アルコール消費量はベースラインの自己申告により評価され、ビール(330mL)、白または赤ワイン(120mL)、デザートワイン(50mL)、蒸留酒(20mL)の週あたりの平均消費量として収集し、1杯=アルコール12gとして標準化しました。総消費量は「なし」、週1〜5杯、週6〜13杯、週14杯以上の4カテゴリーに分類しました。女性パートナーが8週ごとに妊娠状態を報告し、最大12月経周期または妊娠確認まで追跡されました。主要評価指標は妊孕性比(FR)であり、比例確率回帰モデルを用いて算出しました。男女の年齢、女性パートナーのアルコール消費量、性交頻度、過去の妊娠・父親歴、教育歴、BMI、喫煙歴、加糖飲料・カフェイン摂取量を調整因子として用いました。
結果
12周期の追跡中に全体の64.5%(2679カップル中1727カップル)が妊娠に至りました。男性の週あたり総アルコール消費量の中央値(四分位範囲)は、SFで4.5(2.0〜7.8)杯、PRESTOで4.1(1.0〜8.6)杯でした。プール解析では、非飲酒者と比較した場合の調整後FRは、週1〜5杯でFR 1.02(95%CI 0.90〜1.17)、週6〜13杯でFR 1.10(95%CI 0.96〜1.27)、週14杯以上でFR 0.98(95%CI 0.81〜1.18)であり、いずれも統計学的に有意な差は認められませんでした。SF単独のコホートでは、週1〜5杯でFR 0.97(95%CI 0.73〜1.28)、週6〜13杯でFR 0.81(95%CI 0.60〜1.10)、週14杯以上でFR 0.82(95%CI 0.51〜1.30)と、高消費量群でFRの低下傾向が見られましたが、推定値の精度は低く統計学的有意差には達しませんでした。PRESTO単独では、週1〜5杯でFR 1.02(95%CI 0.88〜1.18)、週6〜13杯でFR 1.20(95%CI 1.03〜1.40)、週14杯以上でFR 1.03(95%CI 0.84〜1.26)でした。制限三次スプライン解析においても、低〜中等度の消費量では妊孕性との関連はほとんど見られませんでしたが、SFコホートでは週8.5杯以上から妊孕性との逆相関が示唆されました。なお、妊娠試み開始からの期間、BMI、過去の父親歴による層別解析では、アルコール消費量と妊孕性の関連に大きな差は認められませんでした。女性パートナーの年齢(30歳以上)や既往妊娠歴がある場合には、アルコール消費量が妊孕性の低下と若干関連する傾向が示唆されましたが、推定値の精度が低く解釈には慎重さが必要です。
| デンマーク+ 北アメリカ | デンマーク | 北アメリカ | |
|---|---|---|---|
| 週1-5単位 | 1.02 (95%CI 0.90-1.17) | 0.97 (95%CI 0.73-1.28) | 1.02 (95%CI 0.88-1.18) |
| 週6-13単位 | 1.10 (95%CI 0.96-1.27) | 0.81 (95%CI 0.60-1.10) | 1.20 (95%CI 1.03-1.40) |
| 週14単位以上 | 0.98 (95%CI 0.81-1.18) | 0.82 (95%CI 0.60-1.10) | 1.03 (95%CI 0.84-1.26) |
| 妊娠のしやすさ | 影響なし | 影響なし | 影響なし |
私見
飲酒のアルコールの種類別の1単位は以下の通りで計算しています。
- ビール:330mL(缶ビール1本)
- ワイン:120mL(グラス1杯)
- デザートワイン:50mL
- 蒸留酒:20mL(ウィスキーのシングルで30mlですので少なめです。)
今回の報告は、デンマークと北米の2コホートを統合した大規模前向き研究であり、男性のアルコール摂取が妊孕性に与える影響についてこれまでで最も信頼性の高いエビデンスの一つと言えます。プール解析の結果として「明確な関連なし」という結論は、臨床的に重要なメッセージを含んでいますが、デンマーク集団のみでは週6杯以上で妊孕性のわずかな低下が示唆されており、コホート間の不一致をどう解釈するかが今後の課題となります。
先行研究との比較を以下に整理いたします。
否定的(関連なし〜弱い関連)
- Olsen J, et al. Alcohol Clin Exp Res. 1997
週0〜7杯と週22杯以上を比較した場合のOR 1.3(95%CI 0.9〜1.7)と、亜妊孕性リスクのわずかな上昇を示唆したものの統計学的有意差には至りませんでした。 - Curtis KM, et al. Am J Epidemiol. 1997
アルコール量と妊孕性の関連はほとんど見られず、週10杯以上のビールまたは週6杯以上のスピリッツで妊孕性がわずかに低下する可能性(FR 0.88および0.87)が示唆されましたが、いずれも有意差なし。 - Ricci E, et al. Andrology. 2018
イタリアの不妊クリニックを受診した男性を対象とした研究で、中等度のアルコール摂取と精液パラメータに正の相関が認められた報告があり、適量であれば精液所見に悪影響を与えない可能性を示しています。
肯定的(関連あり)
- Florack EM, et al. Prev Med. 1994
週10杯以上の飲酒が妊孕性の上昇と関連するとした前向きコホート研究ですが、対象者数が少なく(259名)、妊娠試み期間が制限されていなかったため(21.6%が1年以上)、選択バイアスの可能性が高いと考えられます。
精液所見への影響(間接的エビデンス)
- Jensen TK, et al. BMJ Open. 2014
デンマーク人若年男性1221名を対象とした横断研究で、習慣的な飲酒が精子数・精液所見の低下および生殖ホルモンの変化と関連することを示しました。
不妊治療を行っているカップルが除外されており、不妊原因を持つカップルへの一般化には注意が必要です(過去ブログでもご指摘の通りです)。ただし、男性のアルコール摂取と妊孕性低下との関連は、少なくとも適量の範囲では臨床的に大きな問題にはならないという見解は、既存文献と概ね整合しており、「適量であれば大きな影響なし」というメッセージは患者さまへの情報提供として有用と考えられます。
なお、妊娠中の女性のアルコール摂取が流産・死産・先天奇形と明確に関連することは別問題であり、今回の知見をもって妊娠中のアルコール摂取が安全であると誤解されないよう、臨床の場での適切な情報提供が重要です。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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