
はじめに
ART児は調節卵巣刺激による母体の非生理的なエストロゲン高値や、受精胚操作・凍結融解といった過程に曝露されます。エストロゲンが甲状腺細胞の増殖を促進することはヒトおよび動物で確認されており、胎児の甲状腺形態形成は妊娠3週目から開始されることから、ART児の甲状腺機能への影響が懸念されてきました。しかし、ART児と自然妊娠児の甲状腺機能を比較した研究は少なく、結果も一致していません。今回、中国の大規模前向きコホートを用いて、1.5~10歳のART児の甲状腺機能プロファイルを自然妊娠児と比較した研究をご紹介いたします。
ポイント
ART(新鮮胚移植・凍結融解胚移植とも)で出生した児の甲状腺機能プロファイルは自然妊娠児と同等であり、ARTは児の長期的な甲状腺機能に対して安全と考えられます。
引用文献
Zhang Y, et al. Hum Reprod Open. 2026. doi: 10.1093/hropen/hoag009.
論文内容
ART出生児の甲状腺機能が自然妊娠出生児と異なるかどうかを明らかにし、ART出生児の甲状腺機能が成長に伴い正常化するかを検討することを目的とした前向きコホート研究です。中国山東大学の三次医療機関に基盤をおくコホートから、2005年から2021年に出生し2023年6月までフォローアップされた単胎児9,450人を対象としました。新鮮胚移植群3,940人、凍結融解胚移植群4,730人、自然妊娠群780人で構成され、対象児の年齢は1.5~10歳です。主要評価項目はTSH、FT3、FT4、抗サイログロブリン抗体(A-TG)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(A-TPO)の各値であり、一般化推定方程式(GEE)を用いて群間比較を行いました。共変量として児の年齢・性別・BMI、出生順位、両親の年齢、妊娠中の喫煙曝露、社会経済因子を調整しています。
結果
FT4値については、自然妊娠群と新鮮胚移植群・凍結融解胚移植群の間に有意差は認められませんでした。また、TSH、FT3、FT4、A-TG、A-TPOが基準範囲を超えるオッズについても群間で有意差はありませんでした。ただし、交絡因子調整後、新鮮胚移植群は自然妊娠群と比較してわずかにTSH高値を示し(3.12 vs. 3.07 µIU/mL)、新鮮胚移植群および凍結融解胚移植群は自然妊娠群よりもわずかにFT3高値を示しました(ET vs. NC: 6.95 vs. 6.84 pmol/L; FET vs. NC: 7.01 vs. 6.84 pmol/L)。
年齢サブグループ解析では、幼児期(1.5~2.9歳)において新鮮胚移植群が自然妊娠群よりわずかにTSH高値を示しましたが(2.93 vs. 2.72 µIU/mL)、この差は就学前期(3.0~5.9歳)および学齢期(6.0~10.0歳)の児では有意ではありませんでした。FT4値についてはいずれの年齢サブグループでも新鮮胚移植群・凍結融解胚移植群と自然妊娠群の間に有意差は認められませんでした。就学前期において新鮮胚移植群および凍結融解胚移植群は自然妊娠群よりFT3がわずかに高値でしたが(新鮮胚移植群vs. 自然妊娠群: 7.00 vs. 6.82 pmol/L; 凍結融解胚移植群 vs. 自然妊娠群: 7.04 vs. 6.82 pmol/L)、学齢期ではこの差も消失しました。凍結融解胚移植の子宮内膜調整法別(自然周期 vs. ホルモン調整周期)サブグループ解析、および受精方法別(IVF vs. ICSI)サブグループ解析でも、いずれの年齢群においてもTSHおよびFT4値に自然妊娠群との有意差は認められませんでした。
私見
先行研究も複数あります。
- ART児のTSH上昇を報告した研究
Sakka SD, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2009;94:1338-1341. - ART児の生後2~4週の児でTSH上昇
Onal H, et al. Acta Paediatrica. 2012;101:e248-252. - ART群の臍帯血で高いFT4値、幼児以降消失
Lv PP, et al. BMC Med. 2014;12:240.
ART児に認められる甲状腺機能の変化は幼児期の軽微なものに限られ、成長発達とともに解消されると考えられます。受精方法別(IVF vs. ICSI)および胚移植方法別(新鮮胚移植 vs. 凍結融解胚移植)のサブグループ解析でも同様の結果が得られたことは、ARTの児の長期的甲状腺機能に対する安全性をさらに裏付ける結果だと考えています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。