体外受精

2026.05.11

子宮内膜マイクロバイオーム異常とART着床障害の機序(Hum Reprod. 2026)

はじめに

胚着床には侵入する胚と受容能を獲得した子宮内膜との複雑な相互作用が必要であり、近年は子宮内膜の局所微生物環境と免疫応答もこの過程に関与している可能性が指摘されています。今回、原因不明不妊女性のART予後と子宮内膜マイクロバイオームの関連、ならびに微生物由来代謝産物(特に短鎖脂肪酸)が子宮内膜上皮・間質細胞機能に及ぼす影響をin vitroモデルで検討した前向き縦断研究をご紹介いたします。

ポイント

ART不成功女性ではLactobacillus減少と多様性増加を伴う子宮内膜dysbiosisが認められ、酪酸が上皮バリア破綻と炎症惹起を介して着床障害に関与する可能性があります。

引用文献

Giangrazi F, et al. Hum Reprod. 2026 Feb 3;41(3):394-409. doi: 10.1093/humrep/deaf252.

論文内容

ART後に妊娠に至らない女性において子宮内膜マイクロバイオームが変化しているか、また微生物由来代謝産物が胚着床に重要な子宮内膜細胞機構に影響するかを検討することを目的とした前向き縦断研究およびin vitro研究です。

Cohort 1

2016年10月から2018年2月に、原因不明不妊で未経産の女性29人を登録しました。年齢38歳未満、規則的月経周期(25~35日)、経腟超音波正常、卵管疎通性正常、配偶者の精液所見正常、BMI 30 kg/m²未満、過去3ヶ月以内のステロイド使用なしを組み入れ基準とし、子宮内膜症、喫煙、全身疾患のある症例は除外しました。LH+7日に同一の子宮内膜生検を採取し、一部を細菌DNA抽出(16Sシークエンス、n=26)、一部をRNA抽出(RNA-seq、n=20)に使用することで、同一組織から「どんな細菌がいるか」と「どんな遺伝子が発現しているか」を並行評価する設計としました。次周期にtop~good qualityの胚盤胞を単一胚移植(SET)し、妊娠成立群(n=12)と不成立群(n=17)に分類しました。

Cohort 2

2021年2月から2023年9月に、腹腔鏡下婦人科検査を受ける生殖年齢女性18人から子宮内膜生検を採取し、初代ヒト子宮内膜上皮細胞(hEEC)および間質細胞(hESC)を単離しました。In vitro着床周辺期モデルにはIshikawa細胞(子宮内膜腺がん細胞株)と初代細胞を用い、3種類の短鎖脂肪酸を意図的に使い分けて投与しました。乳酸はLactobacillus属の主要代謝産物として「健康なLactobacillus優位マイクロバイオーム」を、酪酸と酢酸はPrevotella、Atopobium、Gardnerella等の嫌気性菌が産生するため「dysbioticマイクロバイオーム」を、それぞれ細胞レベルで再現する目的で選択されています。

結果

ART不成功群の子宮内膜マイクロバイオームではLactobacillus属の相対量が低く、Corynebacterium属およびPrevotella属の相対量が有意に高値でした(Mann-Whitney検定、いずれもP<0.05)。多様性指数では、サンプル内の細菌種多様性を均等度を含めて評価するShannon指数が不成功群で有意に上昇し(P<0.05)、種の豊富さと均等度を別の計算法で評価するSimpson指数(P=0.0528)、ならびにサンプル間の群集組成の違いを示すβ多様性(P=0.063)も同方向の上昇傾向を示しました。
RNA-seqでは、不成功群においてSPP1(P=0.066)、LAMB3(P=0.059)、ITGB3、PRL、PAEPなど受容能・脱落膜化マーカーの発現が高い傾向が認められました。同一サンプルから得た両データを線形回帰で連結すると、Shannon多様性指数とSPP1発現は妊娠成立群で正の相関(R²=0.5859、P=0.0269)、不成立群で負の相関を示し、Simpson指数でも同様の傾向(R²=0.5235、P=0.0425)が観察されました。同じ多様性増加でも臨床予後によって意味が異なる可能性を示唆する所見です。
In vitro実験で得られた最重要所見は、3種類の短鎖脂肪酸のうち酪酸のみが特異的に子宮内膜に悪影響を及ぼした点です。
Lactobacillus由来の乳酸を添加しても、受容能マーカー、炎症性サイトカイン、抗菌ペプチド、上皮バリア機能のいずれにも有意な変化は認められませんでした。dysbiosisを代表する酢酸を添加した場合も、同様に有意な影響は観察されませんでした。一方、酪酸のみがIshikawa細胞でITGAV、SPP1、LIF、IL-15の発現を有意に増加させ(two-way ANOVA、P<0.0001)、初代hESC脱落膜化モデルではSPP1、PRL、IGFBP1を増強する一方でIL-15とLIFを有意に低下させ、脱落膜化マーカー発現バランスを撹乱しました。バリア機能評価では、8 mM酪酸はTEERを有意に低下させ(P<0.002)、リーキー上皮で発現するCLDN2、ならびにタイトジャンクション関連分子TJP1、JAMAの発現を増加させましたが、LDH放出量増加(細胞死)は認められませんでした。hEECでは酪酸は用量依存性に抗菌ペプチドS100A8、S100A9、ヒトβ-defensin 1(hBD1)の発現を増加させ、炎症性メディエーターIL-1β、TNFα、CXCL8の発現も増強しました。これらの効果は酢酸・乳酸刺激では観察されず、3種類のSCFAの中で酪酸のみが上皮バリア破綻、炎症惹起、受容能マーカー異常発現という3つの病態的変化を同時に引き起こすことが示されました。

私見

3種類の短鎖脂肪酸を直接比較することで、酪酸が特異的に子宮内膜に悪影響を及ぼす代謝産物であることを明確に示したことです。Lactobacillus由来の乳酸はバリア機能・炎症・受容能マーカーいずれにも変化を与えず、dysbiosis関連の酢酸も同様に有意な影響なしという陰性結果でした。つまり本研究は「乳酸(=Lactobacillus)があるから着床に有利」という直接的証拠は示しておらず、むしろ「Prevotella等のdysbiotic菌が産生する酪酸が、上皮バリアを破綻させ、炎症を惹起し、受容能マーカー発現を撹乱することで着床障害を起こす」という病原菌排除型のメカニズム仮説を支持する内容となっています。
ERAでうごくような受容能・脱落膜化マーカーの発現が細菌叢組成と関連があることから、ERA検査自体は子宮内環境が良い状態で行わないと評価がむずかしいのかもしれません。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 胚移植(ET)

# 子宮内細菌叢検査

# 反復着床不全(RIF)

# ラクトバチルス

# 基礎研究

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

この記事をシェアする

あわせて読みたい記事

反復着床不全女性における慢性子宮内膜炎有病率と抗生剤治療後の出生率(Am J Reprod Immunol. 2017)

2026.05.08

IVF患者における腟内細菌叢治療の効果検証:ランダム化比較試験(Nat Commun. 2025)

2026.05.01

腟内細菌叢(Ureaplasma parvum/Lactobacillus iners)とIVF治療成績の関連性(Hum Reprod Open. 2026)

2026.04.29

慢性子宮内膜炎における薬剤耐性の増加と治癒判定の重要性(J Assist Reprod Genet. 2022 / J Clin Med. 2025)

2026.04.27

慢性子宮内膜炎の抗菌薬治療後に再生検は必要?(Reprod Biomed Online. 2022)

2026.04.24

体外受精の人気記事

2023年ARTデータブックまとめ(日本産科婦人科学会)

高年齢の不妊治療で注目されるPGT-A(2025年日本の細則改訂について)

凍結融解胚盤胞移植後7-11日目の血清hCG値出生予測(F S Rep. 2025)

40歳以上のART累積出生率(Sci Rep. 2024)

SEET法は凍結融解胚移植の成績を悪化させる可能性あり?(Sci Rep. 2025)

ART不成功におけるタクロリムス治療(J Reprod Immunol. 2026)

今月の人気記事

胎児心拍が確認できてからの流産率は? 

2021.09.13

2023年ARTデータブックまとめ(日本産科婦人科学会)

2025.09.01

我が国の統計からの興味深い情報のご紹介~男性は何歳まで子供を作ることができるのか~

2023.06.03

妊娠中のベンゾジアゼピン使用と妊娠転帰リスク(JAMA Intern Med. 2025)

2026.01.30

腟潤滑ゼリーは妊娠率に影響する?

2022.01.24

高年齢の不妊治療で注目されるPGT-A(2025年日本の細則改訂について)

2025.11.10