研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
不妊クリニック受診男性における身体活動と精液の質の関連
英語タイトル
Physical activity and semen quality among men attending an infertility clinic.
PubMedよりCitation:Wise LA, 他. Fertil Steril. 2011 Mar 1;95(3):1025–1030. doi:10.1016/j.fertnstert.2010.11.006. PMID: 21122845.
はじめに
適度な運動は全身疾患のリスクを低減しますが、男性の造精機能への影響については未解明な点が多く残されています。今回ご紹介する研究は、不妊クリニックを受診する男性を対象に、現代のライフスタイルにおける身体活動の種類や強度が精液の質に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした、臨床的意義の高い調査です。自転車運転と男性生殖機能の関連については、運動強度や運動時間、サドルの種類によって異なる影響が報告されていますが、今回ご紹介する研究では自転車運転時間についても追加で解析が行われています。
研究のポイント
- ジョギングやランニングを含む運動全般については、精子濃度や運動率、形態など主要な精液検査の指標との間に、全体としての負の相関は認められませんでした。
- 特定の運動として「週5時間以上のサイクリング」のみ、精子濃度低下のリスクが1.92倍、総運動精子数(TMSC)低下のリスクが2.05倍と、統計的に有意な精液所見の低下が確認されました。
- ウェイトトレーニング(週2時間以下)では精子正常形態率低下のオッズ比が8.36と高い値を示しており、運動の種類と強度が造精機能に与える影響を慎重に評価する必要があります。
研究の要旨
目的
定期的な身体活動と精液の質の関連を検討することを目的としました。
デザイン
前向きコホート研究です。
設定
1993年から2003年にボストン近郊の3つのIVFクリニックを受診したカップルを対象としています。男性参加者は健康状態、既往歴、活動内容に関する質問票に回答しました。交絡因子を調整し、一般化推定方程式(GEE)を用いてオッズ比(OR)と95%信頼区間(CI)を算出しました。
対象
初回のIVFサイクル前に登録された男性2,261名(新鮮精液計4,565検体)が解析の対象となりました。
介入
ありません。
主要評価項目
精液量、精子濃度、精子運動率、精子形態、および総運動精子数(TMSC)を評価しました。
結果
全体として、精液指標と定期的な運動の間に実質的な関連は認められませんでした。しかし、運動習慣のない群と比較して、週5時間以上のサイクリングは精子濃度低値(OR=1.92, 95%CI=1.03–3.56)およびTMSC低値(OR=2.05, 95%CI=1.19–3.56)と関連していました。これらの関連は、年齢、BMI、男性不妊の既往の有無によって大きく変化しませんでした。
結論
定期的な身体活動と精液の質の間に全体的な関連はありませんでしたが、週5時間以上のサイクリングは精子濃度およびTMSCの低下と関連することが示唆されました。
今回の研究のデータは、精液所見への影響が運動の種類によって異なることを示唆しており、特にサイクリングの影響については詳細な分析が必要です。
図:自転車走行時間と精液所見悪化の相関(オッズ比)
| 走行カテゴリー | パラメータ | オッズ比 (95% CI) | 基準値 1.00 との比較 |
|---|---|---|---|
| 運動習慣なし (基準) | 精子濃度低下 | 1.00(基準) | ██████████ (1.00) |
| TMSC低下 | 1.00(基準) | ██████████ (1.00) | |
| 週2時間以下 | 精子濃度低下 | 1.31 (0.57–3.02) | █████████████ (1.31) |
| TMSC低下 | 0.77 (0.34–1.76) | ████████ (0.77) | |
| 週3〜4時間 | 精子濃度低下 | 2.09 (0.90–4.83) | █████████████████████ (2.09) |
| TMSC低下 | 1.44 (0.69–3.01) | ██████████████ (1.44) | |
| 週5時間以上 | 精子濃度低下 | 1.92 (1.03–3.56) | ███████████████████ (1.92) |
| TMSC低下 | 2.05 (1.19–3.56) | █████████████████████ (2.05) |
指標定義:精子濃度低下 <20×10⁶/mL、TMSC低下 <23×10⁶。
統計的有意性:週5時間以上の群では、95%信頼区間(CI)の下限が1.00を超えており、統計的に有意なリスク上昇が確認されます。
私見と解説
今回ご紹介した研究の重要な点は、「運動は総じて推奨されるが、長時間のサイクリングのみが造精機能に負の影響を与える」ことを大規模データで示した点にあります。
特筆すべきは、ジョギングなどでは負の影響が見られなかったことです。先行研究では、平均走行距離108km/週に及ぶ高マイレージ群のランナーで精液所見の悪化が報告される一方、平均54km/週程度の中等度マイレージ群では明らかな悪化は認められていません。今回の研究対象者の運動強度はこうした高強度群には及ばなかった可能性があり、そのために有意な影響が検出されなかったと考えられます。一方、サイクリングについては、週5時間を境に明らかなリスク上昇が認められました。この背景には精巣温度の上昇という仮説もありますが、先行研究で適度なサイクリングが精巣温度を必ずしも上昇させないことが報告されている点を考慮すると、サドルによる会陰部への「メカニカルな圧迫(物理的ストレス)」や神経・血管系への影響のほうが、より直接的な要因である可能性が高いと思われます。
また、ウェイトトレーニング群(週2時間以下)で見られた正常形態率低下のオッズ比8.36は、サンプルサイズの制約から解釈に注意が必要ですが、高負荷の運動が視床下部-下垂体-精巣軸に与える特異的な影響を示唆しています。臨床上のアドバイスとしては、運動不足の解消を推奨しつつも、週5時間を超えるサイクリング習慣を持つ不妊治療中の男性には、治療期間中に限り他の運動への切り替えを促すことが、TMSC改善に向けた合理的で実践的なアドバイスとなるといえます。
今回の研究は、IVFクリニック受診者を対象としているため、生殖機能に元々課題を持つ層に偏る「選択バイアス」の可能性を含んでいます。また、精子濃度や総運動精子数の基準値は、現行のWHO基準と比べるとやや厳しめの設定になっています。実際、不妊既往のない男性では関連性がわずかに弱まる傾向が見られましたが、現在進行形で不妊に悩む男性にとっては、自身の状況を考慮した上でとても参考になるデータと言えるでしょう。結論として、日々のライフスタイルを見直すことは、良好な精液所見を保つうえで重要な視点となります。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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