
はじめに
重症男性因子以外の適応におけるICSIの有用性は証明されておらず、精子の恣意的選択や透明帯通過の回避による遺伝的・エピジェネティックな影響が懸念されています。今回、重症男性因子のない症例でのICSI使用が児の就学時発達予後に及ぼす因果的影響を、標準IVFを対照として検討した大規模リンケージ研究をご紹介いたします。
ポイント
重症男性因子のないICSI使用は、標準IVFと比較して就学時の発達脆弱性リスクを増加させませんでした。
引用文献
Kennedy AL, et al. BMC Med. 2025 Apr 1;23(1):194. doi: 10.1186/s12916-025-03963-w.
論文内容
重症男性因子のないICSIの使用が、児の就学時発達予後にどのような影響を与えるかを、IVFを対照として検討した、オーストラリア・ビクトリア州の人口ベース観察研究です。研究の枠組みとして、観察データを用いながらも仮想的な無作為化比較試験を模擬する手法(target trial emulation)が採用されました。
2005年から2013年にビクトリア州で体外受精により出生した単胎児を対象とし、州周産期データ収集、出生・死亡・婚姻登録、ARTクリニックのデータをリンケージして解析しました。標準IVFへの仮想的なランダム化が不可能な症例、すなわち外科的精子採取症例、重症男性因子(OATなど)、卵子融解周期、単一遺伝子疾患や染色体転座の着床前遺伝学的検査、採卵日の総運動精子数200万未満の症例は、解析から除外されました。
主要評価項目は、オーストラリア早期発達調査(就学初年度〔4〜6歳〕に教員が記入する5領域の発達評価;身体的健康・社会的能力・情緒的成熟度・言語と認知能力・コミュニケーションスキルと一般知識)による発達脆弱性で、5領域のうち2領域以上で10パーセンタイル未満を示した状態と定義されました。副次評価項目として、5領域それぞれの発達脆弱性、ならびに特別支援・支援検討の有無も検討されました。
統計解析では、デルファイ法による事前合意のもと共変量セットを決定し、多重補完法、ブートストラップ法、二重ロバスト逆確率重み付け回帰調整モデルを用いて因果効果を推定しました。感度解析として、共変量との交互作用や非線形関係を柔軟に扱える目標最尤推定法による解析も実施されました。
結果
最終解析対象は3656人(IVF 1489人、ICSI 2167人)でした。背景因子は両群でおおむね類似していましたが、出生児の女児比率はIVF群44.9%に対しICSI群51.3%とICSI群でやや高く、軽度〜中等度男性因子の頻度はIVF群4.6%に対しICSI群40.7%、卵管因子はIVF群14.0%、ICSI群6.0%でした。
調整前の発達脆弱性発生率はIVF群10.6%、ICSI群9.8%でした。因果推論モデルによる調整後の推定では、ICSI群11.06%、IVF群9.95%で、集団全体で曝露を受けた場合と受けなかった場合の差(平均処置効果)としてのリスク差は−1.11%(95%CI −4.23〜2.01%)、リスク比は0.90(95%CI 0.68〜1.21)でした。すなわち、ICSI使用が就学時の発達脆弱性に与える集団レベルでの因果的影響は認められませんでした。
5領域個別の解析、ならびに特別支援・支援検討の有無を含む副次評価項目においても、調整後のリスク差はいずれも有意差を示しませんでした。さらに副次解析として、男性因子のあるICSI vs 男性因子のないICSIの比較を行いましたが、調整リスク比は0.99(95%CI 0.78〜1.26)で、5領域および特別支援・支援検討の有無のいずれにも差は認められませんでした。事前規定された感度解析(目標最尤推定法、提供配偶子や培養施設を含むモデル)でも結果は変わらず、主要解析の結論を支持するものでした。
私見
従来のICSI児の長期予後に関する研究は、以下のような限界を抱えていました。
第一に、サンプルサイズが小さい点です。ICSI症例が76〜201例程度のコホート研究では、臨床的に意味のある小さな差を検出する検出力が不足していました(Bowen JR, et al. Lancet. 1998;Bonduelle M, et al. Lancet. 1998;Agarwal P, et al. BJOG. 2005)。
第二に、脳性麻痺の有無や自閉症診断の有無といった、発生頻度が低い「あり/なし」の二値判定をアウトカムとした研究が多く、就学時の全般的な発達状況を捉えるには粗い指標でした(Hvidtjorn D, et al. Pediatrics. 2006;Sandin S, et al. JAMA. 2013;Kissin DM, et al. Hum Reprod. 2015)。
第三に、自然妊娠児を対照とした研究では、ICSI児に発達リスクの増加は認められなかったものの(Middelburg KJ, et al. Hum Reprod Update. 2008;Kennedy AL, et al. PLoS Med. 2023)、自然妊娠群との比較は問いの立て方そのものが違っており、「不妊そのものの影響」と「ICSI手技固有の影響」を分離できないという問題がありました。
本研究の結果は、その差が広範な神経発達領域には及ばないことを示唆しています。男性因子の有無で就学時予後に差が出ないという副次解析の結果も、ICSI適応に関する従来の懸念を緩和する重要な所見です。
なお、ICSI児で女児比率がやや高い現象が観察されており、これは既報と一致しています(Du T, et al. Front Endocrinol. 2023;Hentemann MA, et al. J Assist Reprod Genet. 2009)。
一方で本研究には限界もあります。オーストラリア早期発達調査は就学初年度に通常学校で実施される教員記入式の評価であるため、重度障害により特別支援学校にも通学していない児(オーストラリアで人口の約1%)や在宅学習を選択している児(約0.5%)はそもそもデータに登録されません。特別支援学校も調査参加が招待制で辞退可能なため、もしICSI児に重度障害がやや多いとすれば、登録されない児がICSI群に偏ることで発達脆弱性が見かけ上低く出るというセレクションバイアスの可能性があります。
ICSI拡大適応が日常化していますが、有効性・安全性の両面から、患者カウンセリングにおいて適応をより厳密に検討する根拠を提供する重要な報告と考えます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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