研究の紹介
参考文献
生殖医療センターを受診した男性における職業要因と精巣機能の指標
Occupational factors and markers of testicular function among men attending a fertility center.
Mínguez-Alarcón L他, Hum Reprod. 2023 Apr 3;38(4):529-536. doi: 10.1093/humrep/dead027. PMID: 36772979; PMCID: PMC10068265.
はじめに
精液の質が過去数十年間で低下しており、これは生殖の問題にとどまらず、男性の全身的な健康や慢性疾患、死亡率とも関連しているという知見から始められたのが今回ご紹介する研究です。これまでの研究では、環境要因や食生活などが男性の生殖機能に与える影響に注目してきましたが、「職業要因」についてはあまり検討されていませんでした。特に、夜勤や交代制勤務、身体的に負荷の高い労働が、内分泌機能や精液所見にどう影響するかを明らかにした研究は限られており、結果も一貫していません。
このような背景のもと、本研究では、不妊治療を受ける男性を対象に、職業的要因が精液の質やホルモン値などの精巣機能を示す指標に与える影響を詳細に調査することを目的としています。
研究のポイント
夜勤勤務や重労働に従事している男性は、精子数やホルモン値が高い傾向があり、職業が精巣機能に影響を及ぼす可能性があることが示唆されました。
研究の要旨
研究の問い
生殖医療センターを受診する男性において、職業上の要因は精巣機能の指標と関連していますか?
結果のまとめ
夜勤・交代制勤務の男性や、身体的負荷の大きい仕事に従事する男性は、精子濃度および総精子数が高く、エストラジオールおよび総テストステロン濃度も高い傾向が見られました。
研究デザイン・対象・期間
この観察研究は、2005年から2019年の間に、生殖医療を求めて受診したカップルの男性パートナー377名を対象に、Environment and Reproductive Health(EARTH)研究の一環として実施されました。
対象と研究方法
仕事中の重い物の持ち運び、勤務シフトの種類、身体的負荷レベルに関する情報は、自宅でアンケートに回答してもらい収集されました。精液検査はWHOのガイドラインに準じて行われ、性ホルモン濃度の測定には酵素免疫測定法が用いられました。線形回帰モデルを用いて、年齢、BMI、教育歴、人種、喫煙、禁欲期間などの共変量を調整し、精液所見には複数検体(平均2検体、最小1〜最大9)を考慮した分析を行いました。
結果
対象男性の年齢中央値(四分位範囲)は36歳(33〜39歳)で、87%が白人でした。アンケートに回答した男性のうち、12%が職場で重い物を頻繁に持ち運ぶと答え、6%が重労働に従事、9%が夜勤または交代勤務をしていると回答しました。
重い物を頻繁に持ち運ぶと回答した男性は、そうでない男性と比較して精子濃度が46%高く(P=0.01)、総精子数が44%高い(P=0.01)結果でした。同様の傾向は、交代勤務の男性や、仕事での身体的負荷が高い男性にも認められました。また、身体的負荷が中〜高レベルの男性は、軽度の負荷の男性に比べてテストステロン濃度が高く(調整済み平均:515 vs. 427 ng/dl、P=0.08)、重い物を持ち運ぶ男性ではエストラジオール濃度も高い傾向がありました(調整済み平均:36.8 vs. 27.1 pg/ml、P=0.07)。
夜勤・交代制勤務の男性は、昼勤務の男性と比べてテストステロン濃度が24%(P=0.04)、エストラジオール濃度が45%(P=0.01)高くなっていました。
一方で、精液量、運動率、正常形態精子、血清中のFSHおよびLH濃度には、有意な関連は見られませんでした。
研究の限界
本研究は、不妊治療を受けるカップルの男性を対象としているため、一般男性に結果を当てはめることは難しい可能性があります。また、自己記入式のアンケートに基づいているため、曝露評価における誤差や分類ミスの可能性もあります。
本研究の意義
身体的に負荷の大きい職業や交代・夜勤勤務は、男性の精巣機能を高める可能性があることが示唆されました。これは、精子濃度や総数、血中のテストステロンおよびエストラジオール濃度の上昇として現れました。今後は、不妊クリニック以外の集団においても同様の結果が得られるかどうか、検証が必要です。
表. EARTH研究において950検体の精液を提供した377人の男性における、自己申告による職業要因別の補正済み精液所見(精子濃度、総精子数のみ抜粋)
職業要因 | 精子濃度 (百万/mL) | 総精子数(百万) |
---|---|---|
重い物を持ち運ぶ頻度:しない | 32.2(23.1, 44.9) | 82.7(59.3, 115) |
重い物を持ち運ぶ頻度:ときどき | 40.4(31.6, 51.6) | 100.0(78.6, 128) |
重い物を持ち運ぶ頻度:よくある | 59.6(45.7, 77.9)* | 149.0(115, 194)* |
勤務シフト:昼間 | 36.4(29.4, 45.1) | 92.6(74.7, 115) |
勤務シフト:夕方 | 41.2(21.3, 79.4) | 111.0(44.7, 274) |
勤務シフト: ローテーション | 53.3(39.5, 72.0)* | 126.0(92.0, 172) |
身体的負荷:軽度 | 34.3(26.6, 44.1) | 87.4(67.9, 113) |
身体的負荷: 中等度 | 45.7(34.2, 61.1) | 114.0(85.8, 151) |
身体的負荷:高度 | 68.1(45.8, 44.1)* | 161.0(110, 235)* |
各セルには、平均値(95%信頼区間)が示されています。
また、「*」が付いている値は、基準群との比較で統計学的に有意差(P < 0.05)が認められたことを意味します。
- 軽度(light):主に座って行う作業(例:事務仕事)
- 中等度(moderate):軽い荷物の持ち運びや長時間の歩行を含む作業
- 高度(heavy):重い荷物の持ち運び、力仕事、重機を使わない手作業など
私見
以前ご紹介した記事では夜勤は乏精子症や奇形精子症のリスクになることをご紹介しました(Demirkol NKら, 2021)。しかし今回紹介した研究では、夜勤や重労働が精巣機能の向上と関連していました。このような相反する結果となった背景には、今回の研究で睡眠の質やストレスの評価がされていなかった点や、精液所見がもともと良好な参加者が多かった可能性(選択バイアス)が考えられます。
また、以前ご紹介した総説(Minas Aら, 2022)では、適度な運動が精液所見の改善に有効である一方、過度な運動はホルモン異常を招くことが指摘されていました。今回の研究でも、労働に伴う身体的活動がテストステロン濃度を高める可能性が示されており、肉体的負荷の高い仕事をしている男性は、性ホルモンの分泌が刺激され、結果として精巣機能の向上につながったと考えられます。
ひきつづき、十分な睡眠をとること、適度な運動をお勧めしていきます。
ちなみに私の勤務状況は、
- 重い物を持ち運ぶ頻度: しない
- 勤務シフト: 昼間
- 身体的負荷: 軽度
となっていてもっとも精液所見が良くないグループに入るようです。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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