はじめに
生殖医療における遺伝資源の保存は、不妊治療や遺伝子改変マウスの系統維持、家畜生産、絶滅危惧種の保護など、人類の未来にとって必要不可欠です。現在、遺伝資源は液体窒素中で保存されていますが、この方法は維持費用が高く、自然災害などによって液体窒素の供給が途絶えた場合、取り返しのつかない損失につながる可能性があります。凍結乾燥精子の長期保存について当院培養士が修士時代から取り組んでいた報告がpublishされました。
ポイント
マウス凍結乾燥精子の室温保存(5-6年)により、健康な産仔を得ることができ、低コストで安全な遺伝資源保存方法として期待できます。
引用文献
Yuko Kamada, et al. Sci Rep. 2025 Jan 2;15(1):303. doi: 10.1038/s41598-024-83350-2.
論文内容
本研究は、マウス精子の凍結乾燥法による室温での長期保存の信頼性を実証することを目的としたものです。
ICR、BDF1、C57BL/6、C3H/Heの4系統のマウスから採取した精子を凍結乾燥し、紙箱に入れて温度管理のない室内(15-25℃)の引き出しで5-6年間保存しました。
【精子の状態評価】
6年保存後の精子では、頭部と尾部の分離率が保存1週間以内と比べて増加(28% vs 22%)。シリカゲル添加はアンプルの割合改善には寄与せず、DNA損傷はむしろ増加しました。
【受精・発生能力】
6年保存精子の卵子活性化率は60%、人工活性化処理で99%。胚盤胞発生率は処理群48%、非処理群40%。
【産仔作出】
ICR系統では6年保存後の産仔率は15%、1年保存の17%と有意差なし。すべての系統で健康な産仔を得られ、次世代への繁殖も可能でした。
私見
本研究は、従来の液体窒素による保存方法に代わる新しい選択肢を提示しています。
特筆すべきは、室温保存でも6年にわたって遺伝資源を維持できることを実証した点です。将来的にはこの技術が他の哺乳類種や宇宙空間での保存にも活用される可能性があります。
ただし、凍結乾燥精子の出生率は液体窒素保存の約1/3であり、技術改良の余地があります。
鎌田さん、お疲れ様でした。勤務するスタッフに多様な機会を提供できる施設にしていきたいと考えています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのブログです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当ブログ内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。