一般不妊

2020.06.15

妊娠を考えている女性の甲状腺機能低下について

はじめに

不妊検査の一次スクリーニング検査の内分泌検査には甲状腺機能の測定について触れられています。「なぜ症状がないのに内服をしなくてはいけないの?」と質問を受けることが多いので、アメリカ内分泌学会のホームページにわかりやすくまとまっていたのを参考にまとめてみました。

ポイント

妊娠を希望する女性の甲状腺機能低下症は、赤ちゃんの脳発達に重要な影響を与えるため、適切な評価と管理が必要です。軽度の機能低下症でも妊娠中のリスク上昇の可能性があり、個別に治療方針を検討することが大切です。

引用文献

American Thyroid Association (ATA). Hypothyroidism in Pregnancy.
https://www.thyroid.org/hypothyroidism-in-pregnancy/

論文内容

赤ちゃんの脳の発達に甲状腺ホルモンは、重要な役割を果たします。先天性甲状腺機能低下症(生まれた時に甲状腺機能がない状態)で生まれた赤ちゃんは、速やかに治療を受けなければ、重度の認知異常、神経学的異常、発達異常を起こす可能性があります。治療を行えば、これらの発達異常をほとんど防ぐことができるため日本では新生児マススクリーニングで必ず出生時に検査を行います。
お母さんが重度の甲状腺機能低下症と診断され未治療だった場合、赤ちゃんの脳の発達に障害が生じる可能性、お母さんの妊娠中の合併症(流産、うっ血性心不全、子癇前症、胎盤異常、分娩後出血)の上昇も指摘されています。
お母さんの甲状腺機能低下が軽度の場合、赤ちゃん・お母さんへのリスクが上昇するかは意見がわかれており、すべての女性に妊娠中の甲状腺機能低下症のスクリーニング(TSHやfT4などの採血検査)を行うことについての見解がまとまっていません。日本でも不妊症の患者さまの一次スクリーニング検査に含まれていますが、甲状腺機能異常を疑う症状がなければ保険適応外検査として行います。
甲状腺機能低下症の女性は、妊娠が確認されると再検査でTSHを測定することが必要となります。妊娠中は甲状腺ホルモンの必要量が増加するため、レボチロキシン(チラージンS®)の投与量を25~50%増加します。
赤ちゃんを出産したらレボチロキシンを妊娠前の通常の内服量に戻すか、甲状腺機能低下が軽度(症状なし)で妊娠のためだけに内服していた場合、中断することが一般的です。レボチロキシンは食事中の食物繊維、コーヒーなどによって阻害されるため、就寝前または空腹時がよいとされています(起床時で朝食前30分、または就寝時で食後3~4時間以降)。鉄剤、アルミニウムや亜鉛含有胃薬など吸収に影響する薬剤は服用時間をずらす必要があります。

私見

甲状腺機能はしっかり管理した方がよいなと改めて感じます。甲状腺機能低下症をどこから治療対象とするかは様々な報告があり一定の見解が得られていません。治療対象をTSH値が2.5μIU/ml以上としている施設が多いですが、中には基準値を4-5μIU/ml以上としたりTPO抗体を調べたりして基準値を設けている施設もあります。

参考程度にアメリカ甲状腺学会に記載されている基準値は以下のとおりです。定期的に報告はアップデートされますので注意をはらって変更がある場合はご報告いたします。

TSH値
10μIU/ml以上:甲状腺機能低下症の治療を受ける必要があります。
2.5μIU/ml以下:レボチロキシン治療を必要としません。
2.5~10μIU/ml:TPO抗体を持っているかどうかによっても異なります。

TSH値(TPO抗体が陽性)
4 μIU/ml以上:治療が推奨されます
2.5~4.0 μIU/ml:治療を検討

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 甲状腺

# プレコンセプション

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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