
はじめに
補助孵化(AH)は1980年代より胚移植におけるアドオン治療として、国内では2022年ART保険適用の際に保険治療範囲として着床率改善を目的にて行われています。凍結操作では透明帯が硬化・肥厚するため、補助孵化の有効性が期待されてきました。しかし、その効果については一致した見解が得られていません。今回、凍結ドナー卵子における補助孵化が妊娠予後に与える影響を大規模に調査した研究をご紹介いたします。
ポイント
凍結ドナー卵子における補助孵化は、生化学的妊娠率、臨床的妊娠率、継続妊娠率を有意に低下させ、妊娠予後の改善効果は認められませんでした。
引用文献
Amalia Namath, et al. Fertil Steril. 2025 Aug;124(2):290-296. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.03.005.
論文内容
凍結ドナー卵子を用いた新鮮胚移植において、補助孵化が着床率および妊娠率に与える影響を評価することを目的としたレトロスペクティブコホート研究です。2015年1月から2020年12月に、29ART施設からドナー卵子バンクUSAを通じた単一胚盤胞移植2,617症例を対象としました。補助孵化は胚移植当日にレーザー光凝固法(92%)、部分的透明帯切開法、Piezoマイクロマニピュレーターを用いて実施されました。補助孵化群1,668例、非補助孵化群949例で比較検討を行い、主要評価項目は着床率、臨床的妊娠率、流産率、継続妊娠率としました。
結果
補助孵化群では非補助孵化群と比較して生化学的妊娠率が低く(72% vs 76%; aRR, 0.94; 95%CI, 0.9-0.99; P<0.01)、臨床的妊娠率も低下しました(61% vs 66%; aRR, 0.92; 95%CI, 0.86-0.97; P<0.01)。継続妊娠率も補助孵化群で低く(57% vs 62%; aRR, 0.91; 95%CI, 0.78-0.91; P<0.01)、流産率は補助孵化群でやや高い傾向がありましたが有意差はありませんでした(13% vs 11%)。一卵性双胎率に両群間で差はありませんでした(0.8% vs 1.1%)。同一ドナーからの卵子を用いたサブグループ解析では、両群間で有意差は認められませんでした。
私見
補助孵化の有効性は、過去の研究も含めて一貫した結果に至っていません。Figueiraらの小規模研究(各群30例)では着床率の改善が報告されていましたが、本研究では逆に妊娠予後の悪化が認められました。
補助孵化による成績低下の理由として、レーザー光凝固や透明帯切開などの物理的操作が胚に機械的ダメージを与える可能性が挙げられます。また、胚の孵化能力は人工的にサポートしたからといって多くの胚では有効な結果に至らないという点です。「技術的に可能」と「臨床的に有益」は必ずしも一致しないという典型例なのかもしれません。一卵性双胎発生リスクは、この症例数では評価するのは難しいかなと思います。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。