
はじめに
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は生殖年齢女性における最も一般的な内分泌疾患の一つです。
卵胞発育は、発育開始(recruitment:複数の卵胞が同時に成長を開始)、選択(selection:その中から1個の主席卵胞が選ばれる)、優性化(dominance:選ばれた卵胞が他を抑制しながら成長)、排卵(ovulation:成熟した卵胞が破裂)が順序だって起こります。PCOS女性はこれらの過程が障害されるとしています。今回、低カロリー食事介入による体重減少がPCOS女性の卵胞動態に与える影響を詳細に検討した研究をご紹介いたします。
ポイント
PCOS肥満女性において3ヶ月間の低カロリー食事介入による減量は、recruitmentは改善しましたが、selection・dominance・ovulationは一貫して改善しませんでした。
引用文献
Faith E Carter, et al. Hum Reprod. 2025 Sep 10:deaf169. doi: 10.1093/humrep/deaf169.
論文内容
低カロリー食事介入による減量がPCOS女性の前胞状卵胞動態を改善するかを検討することを目的とした前向き単群生活習慣介入研究です。18~38歳のPCOSおよび肥満(BMI>30kg/m²)の女性20名を対象に、1ヶ月間のベースライン評価期間と3ヶ月間の低カロリー食事介入期間の計4ヶ月間、1日おきに経腟超音波検査と採血を実施しました。すべての卵胞の数とサイズを各訪問時に評価し、7mm以上に成長した卵胞については個別の成長プロファイルを後向きに作成しました。ゴナドトロピンと卵巣ステロイドホルモン濃度を1日おきに測定し、生殖機能、人体計測、代謝状態マーカーをベースラインと介入終了時に評価しました。
結果
低カロリー食事介入により平均8±3%の体重減少が得られ、BMI、腹囲、総体脂肪率、体幹脂肪量などすべての人体計測指標が有意に減少しました(すべてP<0.05)。糖代謝および心血管リスクマーカーのうち、拡張期血圧(P=0.040)と糖負荷試験後2時間インスリン濃度(P=0.029)のみが介入後に減少しました。
卵胞発育については、体重減少により初期段階(recruitment)での改善が認められました。卵胞発育パターンがより規則的で組織化されたものとなり、無秩序な卵胞発育の頻度が減少しました(P=0.043)。また、一度に発育する卵胞の数も有意に減少しました(P<0.0001)。しかしながら、卵胞発育のselection・dominance・ovulation頻度については、体重減少にもかかわらず改善は認められませんでした(すべてP>0.05)。
興味深いことに、介入期間中に排卵が生じた症例では、排卵に至る卵胞のselectionがより小さいサイズで起こるようになり(P<0.0001)、排卵後の黄体期におけるプロゲステロンの最高値は体重減少の程度に応じて増加しました(P=0.036)。月経間隔の短縮という形で介入に良好な反応を示した参加者は全体の35%でしたが、これらの女性は非反応者と比較してベースライン時の体幹脂肪量(P=0.048)、空腹時インスリン(P=0.022)、インスリン抵抗性指標(P=0.017)が低値でした。
私見
短期間の減量がPCOS女性の卵胞発育の初期段階(recruitment)は改善したにもかかわらず、最終段階(selection・dominance・ovulation)は改善しなかったことです。これは、PCOS女性の排卵障害が多段階の複雑な病態であることを示唆しています。
排卵改善が得られなかった理由として、まず介入期間の不足、減量程度の限界、PCOS病態の複雑性もなどが考えられます。もう少し長期に、そして幅広い症例でデータをながめてみたいところです。
臨床現場では、PCOS肥満女性に減量だけで見守るのではなく、薬物療法(クロミフェン、メトホルミン、レトロゾールなど)の併用、より長期間の介入など患者に応じた個別化治療が重要であることがわかります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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