研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
男性不妊におけるヒトTEX遺伝子の詳細な検討
英語タイトル
Scrutinizing the human TEX genes in the context of human male infertility
Sieper MH, 他. Andrology. 2024 Mar;12(3):570-584. doi: 10.1111/andr.13511. PMID: 37594251.
はじめに
非閉塞性無精子症(NOA)の遺伝学的原因とその頻度について、Cioppiらのreviewによると、原因不明が最も多く73%、染色体異常が15%、AZF欠失が7%、TEX11異常が1%,そのほかの単一の遺伝子異常が4%とされています(参考文献1)。塩基配列決定の手法が発展し可能となったWhole-exome sequencing(WES)など全ゲノムを検索できる技術により、多数の単一の遺伝子によるNOA原因遺伝子が同定されてきています(参考文献2)。欧州泌尿器科学会のMale Sexual and Reproductive Healthのガイドラインの中で男性不妊に関する部分のアップデートが行われたのですが(参考文献3)、もうひとつ新たに記載されたのが、Exome sequencingです。以前のブログでは、当該ガイドラインでのExome sequencingについての記載内容をご紹介しました。今回は、引用されている文献の一つをご紹介します。
近年、男性不妊に関連する多数の新しい原因遺伝子が報告されており、なかでも TEX11、TEX14、TEX15 は男性不妊と強い関連性が示されています。TEX(”testis expressed”)遺伝子群は精巣に高発現する遺伝子として知られていますが、その多くは構造や機能が異なり、明確な疾患関連が確立されているのは一部に限られます。他のTEX遺伝子(TEX13A/B/C、FAM9A/Bなど)は候補遺伝子とされているに過ぎず、関連性は未確定です。
これまでTEX遺伝子全体を系統的に解析した研究はなく、男性不妊との関連を包括的に評価する必要があります。この研究は、TEX遺伝子群の精巣発現プロファイルや機能的関連性を精査し、さらに大規模コホートのエクソーム解析やショウジョウバエモデルを用いて、新規候補遺伝子の同定とヒト男性不妊への関与を検討することを目的としています。
研究のポイント
精巣特異的に発現するTEX遺伝子群の体系的解析が、男性不妊の診断精度向上に貢献できる可能性があります。
研究の要旨
背景
不妊症は世界中のカップルの約15%に影響を及ぼしており、精巣特異的に発現する遺伝子のバリアントとの関連が明らかになりつつあります。男性不妊の確立された原因としては、TEX11、TEX14、TEX15の病的バリアントが知られていますが、最近ではTEX13B、TEX13C、FAM9A(TEX39A)、FAM9B(TEX39B)のバリアントに関する報告も散見されます。
目的
本研究では、ヒトのTEX(“testis expressed”)遺伝子群の中から男性不妊症の新規の候補遺伝子を探索するとともに、これまでに報告された疾患関連性を検証することを目的としました。
方法
1305名の男性(うち1056名は乏精子症および無精子症例)のエクソーム解析データを用いてスクリーニングを行いました。バリアントが同定された遺伝子については、精巣特異的シングルセルRNAシーケンスデータを解析し、細胞特異的発現を確認しました。さらに、男性生殖能における包括的役割を評価するため、ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)において10種類のTEX遺伝子(オルソログ、ヒトとショウジョウバエなど異なる生物で共通の祖先に由来する遺伝子)の精巣特異的ノックダウン(KD)モデルを作製しました。
結果
TEX10、TEX13A、TEX13B、TEX13C、TEX13D、ZFAND3(TEX27)、TEX33、FAM9A(TEX39A)、FAM9B(TEX39B)に稀な疾患関連が疑われるバリアントを同定し、不妊男性28名に認めました。そのうち15名はTEX10、TEX27、TEX33にバリアントを有していました。一方、ショウジョウバエにおけるTEX2、TEX9、TEX10、TEX13、ZFAND3(TEX27)、TEX28、TEX30、NFX1(TEX42)、TEX261、UTP4(TEX292)のKDは正常な生殖能を示しました。
考察
本研究結果から、常染色体顕性(優性)遺伝が予測されるTEX10およびZFAND3(TEX27)、ならびに常染色体潜性(劣性)遺伝が予測されるTEX33が、いずれも生殖細胞の成熟に必須と考えられる新規候補遺伝子として同定されました。また、TEX13B、TEX13C、FAM9A(TEX39A)のX連鎖遺伝子におけるヘミ接合性機能喪失(LoF)バリアントは、対照群男性にも認められたことから、男性不妊の単一遺伝子性の原因である可能性は低いと判断されました。
結論
X連鎖遺伝子TEX13B、TEX13C、FAM9A(TEX39A)に関する今回の知見は、従来の報告と矛盾しており、無精子症男性に対する遺伝学的診断において誤った陽性報告を減らすことにつながると考えられます。
図. 男性不妊の原因としてのTEX遺伝子についての結果のまとめ.

# 用語
「オルソログ(orthologous genes)」とは?
ある遺伝子が、ヒトだけでなくマウスやショウジョウバエなど他の生物にも存在していて、共通の祖先に由来すると考えられる場合、その遺伝子を「オルソログ」と呼びます。
たとえば、ヒトのTEX遺伝子とショウジョウバエの似た働きをする遺伝子は「オルソログTEX遺伝子」として扱われます。進化の過程で種が分かれても残っている遺伝子なので、基本的に大切な役割を持っている可能性が高いと考えられます。
今回の研究では、ヒトのTEX遺伝子と対応するオルソログをショウジョウバエでノックダウンして調べることで、男性不妊に関わる機能を持つかどうかを検証しました。
私見
今回の研究では、男性不妊に関連する新規の候補遺伝子として TEX10、ZFAND3 (TEX27)、TEX33 を同定しました。一方で、従来病因遺伝子として想定されていた TEX13B、TEX13C、FAM9A (TEX39A) については、単一遺伝子としての原因性を支持しない結果が得られました。なお、本研究で同定された変異はすべて VUS(意義不明のバリアント) に分類され、現時点では臨床判断に直ちに利用できるものではありません。その病的意義を明らかにするためには、今後さらなる解析が必要です。しかしながら、本研究の成果は、遺伝子診断における偽陽性の減少につながる点で臨床的に有用であると考えられます。
機能解析として実施した Drosophila モデル では、TEX遺伝子のノックダウンによって生殖能に顕著な異常は認められませんでした。しかし、ヒトにおける機能的意義を否定するものではなく、さらなる検討が必要です。
これまでの家系解析や症例対照研究からは、男性不妊や NOA(無精子症) に関連する複数の遺伝子が報告されてきました。次世代シーケンスをはじめとする遺伝子解析技術の進歩により、遺伝学的知見が診断に応用される時代が近づいていることを、本研究を通じて改めて実感しました。さらに、原因遺伝子の同定が進むことで、将来的には新たな治療法の開発にもつながることが期待されます。
参考文献
- Cioppi F, Rosta V, Krausz C. Genetics of Azoospermia. Int J Mol Sci. 2021 Mar 23;22(6):3264. doi: 10.3390/ijms22063264. PMID: 33806855.
- 寺岡香里, 大内久美, 田島麻記子, 川井清考, 平岡謙一郎, 石川智基, 小宮顕. 非閉塞性無精子症を呈し, 顕微鏡下精巣内精子採取術を行い, 生児を獲得した同一家系内の兄弟2例. 日本受精着床学会雑誌 40 (1) 90-96, 2023.
- Minhas S, Boeri L, Capogrosso P, Cocci A, Corona G, Dinkelman-Smit M, Falcone M, Jensen CF, Gül M, Kalkanli A, Kadioğlu A, Martinez-Salamanca JI, Morgado LA, Russo GI, Serefoğlu EC, Verze P, Salonia A. European Association of Urology Guidelines on Male Sexual and Reproductive Health: 2025 Update on Male Infertility. Eur Urol. 2025 May;87(5):601-616. doi: 10.1016/j.eururo.2025.02.026. PMID: 40118737.
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。