
はじめに
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は8人に1人の女性に影響を与える最も一般的な内分泌疾患です。診断基準の一つである経腟超音波による多嚢胞性卵巣形態(PCOM)確認は費用や技術的制約があり、抗ミュラー管ホルモン(AMH)がPCOM診断の代替手段として注目されています。国内での多囊胞性卵巣症候群の診断基準(日本産科婦人科学会生殖・内分泌委員会, 2024)では、「AMH高値を多囊胞卵巣所見の代わりに用いることができる。AMHの測定時期は限定しない。カットオフ値として、アクセスおよびルミパルスによる測定の場合は20-29歳では4.4ng/mL、30-39歳では3.1ng/mL、エクルーシスの場合は20-29歳では4.0ng/mL、30-39歳では2.8ng/mLを用いる。また、AMH高値だけでPCOSを診断することはできない。AMHの測定は診断に必須ではない。」とされました。
今回、AMHカットオフ値3.2 ng/mLの有用性を前向きに検証したHARMONIA研究をご紹介いたします。
ポイント
AMH測定は高精度でPCOMを検出できます。
引用文献
Terhi T Piltonen, et al. Fertil Steril. 2025 Sep;124(3):543-552. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.05.147.
論文内容
北フィンランド出生コホート1986に登録された生殖年齢女性を対象とした前向き人口ベースの非介入研究です。血清中のAMHをRoche Elecsys AMH Plus免疫測定法で測定し、AMHカットオフ値3.2 ng/mLによるPCOM判定能力を経腟超音波検査(TVUS)と比較検証しました。主要評価項目は、PCOM陽性例(PCOSフェノタイプA、C、D)とPCOM陰性対照群におけるAMHバイオマーカーベースのPCOM診断とTVUSベースのPCOM診断の一致率でした。
結果
主要解析対象(N=948)は、PCOM陽性例128例とPCOM陰性対照群820例で構成され、平均年齢は35.2歳でした。AMH中央値は症例群(6.21 ng/mL)が対照群(2.16 ng/mL)より数値的に高値を示し、フェノタイプA(9.05 ng/mL)で最も高く、フェノタイプCとD(それぞれ5.67 ng/mLと5.83 ng/mL)では同程度でした。AMHカットオフ値3.2 ng/mLを適用すると、128例中118例と820例中639例がTVUSと一致して同定され、全体一致率は79.9%でした。AMHとPCOM診断の一致は、すべてのPCOM陽性PCOSフェノタイプおよび体格指数カテゴリーにおいても観察されました。症例対照判定のAUCは94.0%(95%CI:91.9%-96.2%)でした。
私見
日本産科婦人科学会の2024年診断基準では、年齢別・測定系別により細分化されたAMHカットオフ値を採用しています。エクルーシス測定系の場合、20-29歳で4.0 ng/mL、30-39歳で2.8 ng/mLというカットオフ値は、HARMONIA研究の3.2 ng/mLよりも年齢特異的なアプローチを取っています。日本の多施設共同研究では、35-39歳群でのカットオフ値が3.05 ng/mL(感度96.0%)と報告されており、HARMONIA研究の結果とほぼ一致しています。
しかし、日本の基準と国際的な単一カットオフ値の間にはいくつかの重要な相違点があります。日本の基準は感度95%以上を重視し診断の見逃しを防ぐことを優先していますが、HARMONIA研究のカットオフ値は感度と特異度のバランスを考慮した設定となっています。
今後は、国際的な標準化と各国の臨床実情のバランスを取りながら、最適なAMH測定による診断アルゴリズム確立が求められそうです。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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